石川幸宏コラム 『My POV』 vol.12|Netflix「ガス人間」撮影 池田直矢氏インタビューより、EOS C400で撮影された話題作の制作秘話
公開日:2026年10月19日
ガス人間 2026年7月2日(木)よりNetflix 独占配信

今回は、Netflix配信の話題作についてお届けしたいと思う。
今夏7月2日からNetflixでの独占配信が始まった、蒼井優、小栗旬主演の「ガス人間」。この作品は全編、キヤノンのCINEMA EOS SYSTEMのEOS C400で撮影され、実際にこの撮影を担当した池田直矢氏にインタビューする機会を得た。
池田氏には4年ほど前に、阿部サダヲ主演の映画「死刑にいたる病」(2022年公開 白石和彌監督)についてもインタビューさせて頂いたこともあり、この作品もEOS C500 Mark IIで撮影するなど、劇場映画やドラマでもキヤノンカメラを積極的に採用しているカメラマンでもある。
「ガス人間」が公開されると同時に、その映像クオリティが評判になる中で、この作品がキヤノンのEOS C400で撮影されているという事実が明らかになると、業界関係者からは少々驚きの声も出ていたが、それは一体どういうことなのか?
今回のコラムでは、池田氏のインタビューから、「ガス人間」の映像クオリティを実現した制作秘話を紐解くとともに、CINEMA EOSのポテンシャルやその魅力について語って頂いたので、その内容をお届けしたいと思う。
「ガス人間第一号」のリブート作品

「ガス人間」と聞いて、ある年代以上の方は、昔の映画作品「ガス人間第一号」を思い浮かべる人も多いかもしれない。そう、今回の「ガス人間」は1960年に公開された東宝のSF映画「ガス人間第一号」という作品のリブート作品なのだ。この作品は当時ゴジラ映画で名を馳せていた本多猪四郎監督と、同じく東宝怪獣映画やウルトラシリーズなどのSF作品で特撮作品として有名な円谷英二 特技監督のコンビによって制作されたSF映画だ。今回の「ガス人間」は、東宝のプロデューサー憑年(ひょうねん)氏の発想のもと、東宝のクラシックIP(知的財産)をグローバル市場向けに現代に蘇らせるプロジェクトとして企画され、韓国の映画監督・脚本家で「新感染 ファイナルエクスプレス」などで有名なヨン・サンホ氏とのコラボレーションで、監督に片山慎三氏を起用して実現した作品だ。
韓国の脚本家を起用して、原作である「ガス人間第一号」とは異なる世界観と現代の要素を取り入れて、全く異質な世界観が創られた。その世界観を実現したカメラがEOS C400だ。
池田直矢氏は、近年の片山慎二監督の作品に数多く参加しており、テレビドラマの「さまよう刃」(2021年 WOWOW)や、2024年公開の映画「雨の中の慾情」でも、キヤノンCINEMA EOS SYSTEMを使用してきた。
EOS C400 選択の理由

バジェットのある大型劇場映画作品やNetflixなどのネット配信系の連続ドラマ撮影は、現在その多くの作品はARRIやソニーなどの大型シネマカメラで撮影されているのが現状だ。キヤノンのシネマカメラ・ラインナップであるCINEMA EOS SYSTEMも、映画やドラマ、ドキュメンタリー、CM制作など幅広い現場で活用実績を重ねてきた。しかしながら、大型映像の制作現場において、撮影機材を選ぶ際の着目点というのは、単に最新技術や高機能、高性能といった点で選ばれるわけではない。また、当たり前のことではあるが、使用したい機材が機材予算に対して高価で、ここ近年の制作スタイルにフィットしないケースも増えている。
そして、今回の「ガス人間」の制作が決まった段階では、まだEOS C400は製品発表前の段階で、池田氏にしてもまだ実力の不透明なカメラだったことは間違いない。しかし過去の作品で、キヤノンシネマカメラのポテンシャルは十分認識していたという。
池田「僕はいつも機材選定にはギリギリまで悩みます。色んなことが見えてきてから決めるので、今回の「ガス人間」ではまずVFXの要素が多いこと、配信プラットフォームの作品であること、そして撮影にはかなりの台数が必要になるであろうということが想定していました。そして何かそこにサプライズを起こせるか?ということも考えました。その中でキヤノンさんのカメラは、過去の作品でいつも良い映像に仕上がって、僕の中ではずっと結果を出し続けてくれたカメラでした」
池田氏は過去にも「死刑にいたる病」と「オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ」(オダギリジョー演出)をEOS C500 Mark IIで、「雨の中の慾情」(片山慎二監督)をEOS C300 Mark IIIで撮影している。その仕上がりは全て異なる雰囲気になったが、どれも素晴らしい品質に仕上がったという。これまでの経験値がEOS C400選択への、その信頼に繋がったようだ。
機材の性格(長所/短所)を知る

池田「カメラテストの際にEOS C400では感度を上げた際に、過去のCINEMA EOSカメラとは違う気になるノイズが出ていたんです。そこで実際に開発担当の方に撮影現場に来てもらった時がありました。結果的にはカメラ開発者が考えているノイズと、実際に僕らカメラマンが現場で考えるノイズの捉え方には違いがあって、逆に僕はそのことがとても面白いと思ったんです。そして、その特性も含めてカメラを理解しながら向き合えば、現場で十分に対応できると感じました。むしろEOS C400の良さを引き出しながら、キヤノンの皆さんと一緒に作品づくりに挑戦したいと思いました。正直、期待していた、ノイズ性能ではなかったのですが、その時の会話で、この人たちが仕上がった作品を見て喜ぶような作品にしたいなと思ったんです。この時の、開発者の皆さんとの会話もこの作品をEOS C400で挑戦しようと思った、一つの大きな動機になっています。
結果的に感度については、ISO800のみで撮影しており、その気になるノイズが出るISO1600以上は使わず、開放値高いレンズを使用することで、感度を稼ぐという方法が取られた。特にVFXのシーンでは絶対に感度を上げないと決めて、さらにエフェクトとして最終的にはグレイン(フィルムのような粒状ノイズ)を後から足しているので、実際にカメラのノイズというのは、出来上がった映像には一切残っていないという。そのカメラで使わなければ良いところを知っていれば、単にその機能は使わなければ良いわけだ。
池田「今のカメラは、感度が上げられるとわかると便利だから、つい使ってしまう。それは今の時代と似ていて、僕らは便利だとなんでも使ってしまうという癖がついてしまっています。しかし物語を撮る上で果たしてそれは必要なのか?というと、その必要もないんです」

複数台撮影でも単一メーカーで単一機種
ここ数年の円安と物価高騰における日本経済の悪化は、映像制作業界にも暗い影を落としていることは、この業界で働く人には周知の通りだ。それに引きずられるように制作単価の下落も止まるところ知らないといった声も多く聞こえてくる。日本国内の経済問題をここで深掘りするつもりはないが、撮影にかかる制作コストも当然ながら圧縮という方向であることは間違いない。
その中で作品撮影に際して、どんなカメラを選ぶのかは、そのコストパーマンスと限られたバジェットの中でもバランスや複数台使った際の利便性や汎用性がポイントになる。
池田「今回は複数台の撮影の際でも、同じメーカーの同じカメラで撮るというのが一つの目標でした。高価なシネマカメラをメインカメラで採用したとしても、バジェットが足りなければBカメ以降は違うカメラになる。そうなるとそれを取り扱う助手も各々違うオペレーションを強いられ負担になる。安全性の問題も出てくるので、今回は複数台あっても1メーカーの同じカメラで撮り切りたいというのが僕の中でありました。そしてもう一つはカメラ自体を大きくしたくなかったこと。片山監督の作品の映像表現をする上で、重要な特機として、必ず使う5mほどのオリジナル作成のミニクレーンがあるのですが、それと組み合わせる時もカメラはなるべく小さいほうが良いというのがありました」

池田氏もEOS C400の機動性やコストパフォーマンスを総合的に考えて、「挑戦できるカメラ」だと思ったという。

データを守る=信頼できるカメラ
池田氏はシーンによって複数台のEOS C400を使用したという。その際に求められたのは、以下の通りだ。
- カメラの堅牢性=撮影データを守ること
- 小型軽量と機動性
- レンタル費用のコストパフォーマンス
- 複数人のスタッフが操作する際の操作性の統一
- 新たなチャレンジができる面白さ
中でもカメラとして最も重要なこと、それはデータを守る堅牢性だろう。撮影素材に対してなんのトラブルもない、これはシネマカメラとして最も重要な機能だ。どんなタフな現場であろうと撮影データを守るということが、カメラの最大の使命なのだ。そこに加えてさまざまな条件は必要だが、最終的にはクリエイティブなチャレンジができるカメラであることが、どんなレンジの撮影者にも共通するモチベーションとなる。
現在において、カメラのポテンシャルというのはすでにどのカメラを選んでも一定のクオリティは担保されている。その中で機材を選ぶカメラマンとしては、『安心・安全』というのはいつも頭の中をよぎるだろう。特にシネマカメラを選ぶ際にはそこが重要ポイントだ。
しかし物語作品を撮るという意味においては、カメラマンの機材選びはまた意味が変わってくる。特に映画作品を撮る際には、画質的なことだけではなく、それは人によって異なるが、その作品撮影そのものに挑む何かしらのモチベーションとなる部分が必要なのではないだろうか?
その全てを含めたパッケージングが、バランスよくその作品にフィットするかを見極めるのが、映画撮影カメラマンの重要な役割であることを改めて感じることができたインタビューだった。
池田「撮影時だけでなく、作品が出来上がった後も含めて、最終的に人が『感動する』ために何が必要なのか?そのための機材選びというのが正解なのかもしれません」

本コラムについて
本コラムは、映像制作や上映方式に関する一般的な技術背景や歴史的な事例を紹介することを目的とした解説記事です。
本文中で言及しているフォーマット名、上映方式、配信サービスなどは説明上の例示であり、特定の企業・製品・サービスとの提携、認証、推奨、または公式的な見解を示すものではありません。
PROFILE
石川 幸宏(いしかわ ゆきひろ)
映像プロデューサー/ジャーナリスト
日本映画撮影監督協会 機関誌「映画撮影」編集長
映像関係専門のジャーナリストとして約30年に渡って活動。国内外で映像制作機材、技術、制作ワークフローなど取材し、記事執筆も多数。
DV Japan誌、HOTSHOTなどの専門誌の編集長を歴任。映像関連のアドバイザー/コンサルタント/スーパーバイザーや、近年は映像プロデューサーとして作品制作にも参画。日本映画撮影監督協会 賛助会員、(一財)プロジェクションマッピング協会 理事/広報アドバイザー。