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石川幸宏コラム 『My POV』 vol.7|アナログ回帰の潮流とフィルムライク

キヤノンの初代フィルムカメラ:KWANON(1934)

この時期恒例の、国内最大のカメラの祭典「CP+2026」が、今年も2月26日~3月1日の日程で、横浜みなとみらいのパシフィコ横浜で開催された。
このコラムの読者の中で会場に足を運ばれた方も多くいらっしゃると思うが、今年は全体的にカメラ関連の新製品発表という話題は乏しかったという印象だったのではないかと思う。
その一方で、フィルムカメラに代表されるようなアナログ回帰を思わせる製品が、近年にも増して強まってきた感じが会場全体に見てとれた。
前回もオールドレンズに関する話題を取り上げたが、このところのアナログ回帰の潮流が全世界的に高まっている中で、この潮流をいま一度考察してみるとともに、写真に引き続き、映像分野でもフィルムライクという言葉が流行している中で、これは一体どういうことなのか?独自の視点で考察してみたい。

フィルムカメラの魅力と現実

ここ数年のアナログ回帰ブームとも言える傾向は、Z世代のような若い層を中心に広がっているようだが、それに釣られて年配層も中古のフィルムカメラを買い直すなど、幅広い層で受け入れられている。当の私自身も2年前にネット販売で中古の約40年以上前のフィルムカメラを手に入れた。中学生時代に欲しくて欲しくてたまらなく当時は高嶺の花だった一眼レフカメラを、オヤジ世代になってやっと手に入れることができた喜びは、何モノにも換えがたいものだった。
ところが当時と大きく変わってしまったのは、写真とフィルムを取り巻く環境だ。まずフィルム自体、コンビニは愚かその辺の写真関連ショップにも売っていない。さらに驚くべきはその金額だ。私が中学生時代=45年以上前の話になるが、その時は36枚撮りのカラーフィルム3本セットで500円くらいだったのではないかと記憶している。それがいま現在は、一般的なコダック社製の35mmフィルムの36枚撮りで1本約2,000円程度。モノクロやリバーサルフィルムなど特殊な仕様のフィルムになると、いまや1本あたり3,000~6,000円程する。フィルムの現像処理に関しては現在も多くのカメラ量販店や一部の専門店で対応しているが、その現像料金も1,500~2,000円前後で、フィルムの種類によっては対応していないところもある。現在では現像と同時にデジタルデータも作成してくれるサービスなどは充実してきているが、まあ1枚あたりに換算してその金額を考えると、とにかくシャッター1枚切るのにとても神経質になる。しかも画像は、現像するまで結果はわからない。この何とも言えぬ緊張感こそが、何枚撮っても無料感覚のデジタル撮影とは大きく違うところだし、多くの人がいまどきに魅了されている部分だろう。
そもそもZ世代の人に聞いてみると、彼らにとってはAIだろうが何だろうが、デジタルネイティブの彼らにとってはこれらのデジタルツールはどれも瞬殺で会得できるようなもので、その結果にも早くコミットできるもの。であるゆえに、日常的に利用しているのが当たり前な反面、嗜好性としての面白みは全く感じられないという話もよく聞く。アナログ物の面倒臭さや煩わしさはその真反対にあるものなので、何か結果を求めるのにもそれゆえの苦労を伴うところが返って魅力につながっているようだ。

話題のアナログコンセプトカメラ

コンセプトモデルA レトロスタイルデザイン
コンセプトモデルB シンプルボックスデザイン

そんな中、今年のCP+2026でも話題になっていたのが、キヤノンのアナログコンセプトカメラだ。何でもキヤノン社内の有志が、世界のアナログ回帰ブームに触発されて開発したという参考展示品で、今回は写真の2つのモデルが展示されていた。実際に撮影もできる実機を試すコーナーには連日多くの来場者が列を作っていた。
今回の参考展示品のカメラの構造としては実像を上部ファインダーに反射させるミラーと、センサーに投影する際に反転させる2枚のミラーを配して、スクリーンに投影される実像を見ながら撮影する。撮影する際にはフォーカスリングを回してマニュアルでピント調整。その隣のレバーを倒してシャッターを切る仕組みだ。まず目を引くウエストレベルファインダー方式で撮影するスタイルもユニークで、そこが多くの来場者の興味をそそっていたように思う。
今どきのアナログブームのカメラでは、中身はデジタルなのでいわゆるレトロカメラ風に外装を模したものがほとんどだったが、このカメラは操作系まで徹底してアナログに回帰したモデルというのも潔い。さて実際に製品が市場に出てくるのか?は今後のお楽しみだが、やるなら徹底的にやって欲しいところだ。
ちなみに実は、このウエストレベルファインダーの撮影スタイルは、キヤノンが2013年に発表したPowerShot Nが出た時にも僕自身が色々な記事でも推奨していたもの。背面モニターをチルトアップすることで、ウエストレベルで構えやすい。また1枚のオリジナル画像に加えて、構図や色調、露出を自動的に変更した写真が生成できる「クリエイティブ・ショット」機能を搭載し、レンズリング部分がシャッターとして機能するシャッターリング方式を採用したのもとてもユニークな発想だった。コンパクトでスタイリッシュな形状から現在でも個人的に所有しており、とても気に入っていたモデルだったが、割とすぐに消えてしまったのが残念だった。
画質だけではなく、こうした撮影スタイルなどにアナログな操作感やレトロな使用感を取り入れるのも、現代のアナログ回帰の潮流を刺激するのではないだろうか?

2013年発売のPowerShot Nは、背面モニターをチルトアップすることで、ウエストレベルに構えて撮影することができた。

フィルムライクの実態

そもそもこの“フィルムライク”と皆が言っている映像や写真の実態とは何だろうか?
若い人たちが口にする、いわゆる「エモい」映像や写真というのは、その独特の質感や空気感のことを指している。フィルム特有の粒状感(ざらつき)や、柔らかく温かみのある発色が「エモい」と表現されていて、デジタル映像では表現できない独特の雰囲気があるのはよく理解できる。
ここにさらに過去では完全な撮影ミスとして処理されていた露出のズレやピンボケさえもが意識反転して、いまや”計算されていない「味」=偶然性の美”として、ポジティブに受け入れられている部分が大きいのだろう。
先ほど触れた「不便さ」を楽しむ体験価値というのもとても大きな要因だと思われる。
繰り返すが、フィルムではデジタル撮影のように何枚でも撮り直しができないため、「ここぞ」という瞬間に集中してシャッターを切る「一期一会」の体験自体がそのまま経験価値に昇華しているのは面白い。そして撮ったその場で画像や映像を確認できないこともまた魅力で、現像して手元に届くまでのドキドキワクワクする待ち時間も、新たなイベント的価値として楽しまれていることも重要な要素だ。
またカメラ筐体の金属の重厚感やファッション性を併せ持つクラシックなデザインも、持ち歩くガジェットとしての魅力がある。さらにそこに「儀式的」とも言えるフィルムを巻き上げたり、ピントや露出を手動で合わせたりする機械操作の感触さえも、何かの物事に対して上手くなるというプロセスを与えてくれる価値につながっている。
2026年における現況として大きな要因なのは、我々年配者が以前から感じ取っていた「デジタル疲れ」を若い世代も同じく感じ取っているのではないだろうか?この「デジタル疲れへのカウンター文化」として、昨今のアナログ回帰ブームが起こっているとも言える。
世間でよく言われるSNS疲れの解消法というか、常に「なんとか映え」を意識して即時に画像や動画をアップロードし、すぐ廃れてしまうデジタルの早熟早廃のサイクルから離れ、自分の時間の中で写真を記録する手段としての「撮影」という行動が、今まさに見直されているのだと思う。
これはあくまで持論ではあるが、最近よく、パソコンやスマホからの情報と本で読んだ知識とでは、理解の深度や記憶への残り方が違う、という話をする機会が多い。これも人間の五感のうち、デジタルツールでは視覚聴覚の情報は多いが、その他の嗅覚、味覚や、特に現代人が一番退化しているとも言われる触覚における情報が少ないことは、何か大きな情報欠落を起こしているように感じる。フィルムカメラに触れることは、自然と嗅覚や触覚をも刺激しているので、人間はやはりどこかで五感で感じることで、物証の全情報を感じ取っているのだと推察する。

昨年制作した映画「空白のタイトル」にも小道具として、キヤノンのCanonet QL17というレンジファインダー式の古いフィルムカメラを使用した。現代のミラーレス時代にレンジファインダーの効力は薄いが、ガジェットとしてのカメラスタイルとしてはとてもオシャレだ

フィルムライクは幻想なのか

最近の米アカデミー賞のノミネート作品のうち、多くがフィルム撮影による作品が挙がっている現状からも、ハイエンドにおけるフィルム回帰の現象も、ここ数年ブームのように続いているように思われる。
ちょうど今年の初めに、ハリウッドからある撮影監督が来日した際に聞いた話だが、ハリウッドでは今も、やはりフィルム撮影が流行っているのか?という質問に対して、とても興味深い回答が帰ってきた。
彼曰く「もちろん今もフィルム撮影はハリウッドの一部では流行っていて、35mmフィルムで撮りたがる人たちは多くいる。でも僕はそこに少し疑問を感じている。なぜなら現代では現像処理やフィルムスキャナーの性能がとても上がっていて、出来上がってきた映像はフィルムグレイン(粒状感)がないとても美しくて綺麗な映像なんだ。だからそのままではフィルムっぽいというイメージには全くならないので、実は後処理工程(ポストプロダクション)の作業で、カラーグレーディングの時にグレインエフェクトを足している。そこを考えると最初からデジタルで撮影してグレインを足した方が効率的だし予算だって抑えられるので、僕はやっぱりデジタル撮影が有効だと思う」と。何とも本末転倒な事態が起こっているらしい。
以前、LUTの話の際に、銀残し(ブリーチバイパス)のところでも少し触れたが、フィルム時代に作業工程で得られるような特殊な効果も、今となってはアナログの技術が踏襲されていないことが多く、現在では昔通りの再現ができないことも多いのが現実だ。結果としてデジタルエフェクトとしてしか残っていないものもある。
こうした現実に触れると、今のフィルムライクという表現が、まあ一つの幻想というか、デジタル時代の自然発生的な反作用(副作用)であるのは明白なようだ。

フィルム撮影の写真には、五感で感じる何かが写っている

PROFILE

石川 幸宏(いしかわ ゆきひろ)

映像プロデューサー/ジャーナリスト
映像関係専門のジャーナリストとして約30年に渡って活動。国内外で映像制作機材、技術、制作ワークフローなど取材し、記事執筆も多数。
DV Japan誌、HOTSHOTなどの専門誌の編集長を歴任。映像関連のアドバイザー/コンサルタント/スーパーバイザーや、近年は映像プロデューサーとして作品制作にも参画。日本映画撮影監督協会 賛助会員、(一財)プロジェクションマッピング協会 理事/広報アドバイザー。

関連リンク

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My POV vol.7
https://personal.canon.jp/ja-JP/articles/tips/movie-tech/mypov-07
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https://personal.canon.jp/-/media/Project/Canon/CanonJP/Personal/articles/tips/movie-tech/mypov-07/image/mypov-vo7-720x444.png?sc_lang=ja-JP&hash=A7CFF88FE2686DFFEA6A9FEBB4714AA4
2026-03-31