石川幸宏コラム 『My POV』 vol.6|異なる静止画と動画の撮影現場リテラシー
公開日:2026年2月25日

2009年ごろのキヤノンのEOS 5D Mark IIの動画撮影に端を発して、さらにミラーレス一眼でも高画質な動画が撮れるようになって数年。それとともに動画制作に携わる人材層も制作チームも大きく変わりつつある。ミラーレス一眼カメラなど、小型で安価で高性能な動画撮影カメラが市場に普及し、さらにはスマホの動画機能が飛躍的な向上を遂げたことも大きな要因だ。そして人々はすでに文字ではなく動画でコミュニケーションする時代に入ったことを意味している。個人的にはこうした映像制作の裾野が大きく広がったことは喜ばしい。
ただその一方で気になっているのは、動画を昔から撮影してきた、いわゆるムービーカメラマンと言われる人たちと、以前はスチル撮影を中心に生業としてきた写真家系のカメラマンの間には、機材選びや機材の扱い方、また撮影スタッフの構成についても、大きな隔たりというか感覚の根本的違いを感じる。それは撮影現場のスタッフ構成にも現れてきたように思う。
以前からのスタッフからは、映像制作の現場でのこれまでの常識が通らなくなってきたという話も聞くし、逆に新しい世代からすれば自分たちのオリジナルな方法で優秀な作品を作っているチームも沢山いる。
動画の世界からすればスチル系の機材や文化が浸透してきたことで、様々な交流が生まれてきていることはもちろん歓迎すべきことだ。そして彼らの意見を耳にすることが多くなったのだが、このところ面白いと思うのは、元々動画ベースで育ってきたカメラマンとの間に思わぬ感覚の違いがあることだ。これは撮影現場のリテラシーという言い方が正しいのか?
ここでいうリテラシーとは、要は常識的に備わっている操作感覚のことがメインだが、人の構成や動き、操作などについても言えることがある。
また最近、私の身の回りでもこの違いが、少し問題になってきている事象も起こっているので、今回はその点について私見を書いておきたいと思う。
オールドレンズ沼にハマる理由
レンズの使い方についても昔のリテラシーが変わってきた兆候がある。例えばオールドレンズの普及だ。スチルカメラの文化が、動画分野へ浸透するとともに、ここ数年スチル用のオールドレンズを使用した動画撮影が世界中で流行ってきた。映画の世界でも、メジャー作品では通常はシネマレンズと言われる映画撮影用の高性能レンズで撮影するのが一般的だったが、近年は一般的なミラーレスカメラとともにオールドレンズを使う作品も少なくない。
こうしたオールドレンズの独特なルックに魅了される理由として、実は光学的にオールドファッションな効果を得ることは、現在のデジタルフィルターなどのデジタル技術で加工するにしても、厳密には色々まだ限界があるようだ。
10年以上前の話だが、ある劇場映画の撮影で、特殊な能力を発揮する主人公の効果を見せたいシーン撮影で、EOS 5D Mark IIと某社のオールドレンズを使って撮ったカットがあった。その撮影で使ったレンズはEFマウントではない他社製の古いレンズで、当時は今のようにあらゆるマウント変換アダプターが揃っているような環境もない時代だった。レンズ口径も全く合わないので、カメラマンはセンサー剥き出しのレンズマウントの前に、手持ちでレンズを浮かせて撮影した。ところがこれが隙間から絶妙な光が入って、いい感じのフレアが映り込み、独特のエキセントリックなシーンとして仕上がった。素材だけ見てもいい感じで撮れていたのだが、作品の仕上げ作業は、ポストプロダクションをハリウッドで行うような大作だったので、スタッフは当然、ハリウッドのVFXでもっとカッコいいシーンにブラッシュアップしてくれるものだと期待を寄せていた。だが、出来上がってきた結果は、ほぼ撮った素材のままだったそうだ。
この件についてハリウッドのVFXスタッフ曰く「光学系のレンズフレアは、実はあまり加工しない方がカッコいい場合の方が多いんだ。まだまだデジタルツールは万能じゃないんだよ!」という回答。
人間の見た目でカッコいいと思えるような、こうした絶妙な光の効果はもちろんその採用と選択にセンスが伴うが、ハイエンドプロの意見として、まだデジタルツールができることの限界があるという意見が出たことは、当時なぜかホッとした。さらにこうした感覚的な効果を求める部分は、今のオールドレンズブームにも反映されているのではないか?と思う。皆、オールドレンズ沼にハマる人は、そのなんとも言い表せない、デジタルでは得られない心地よい光の効果に魅了されてしまうからだろう。
ちなみに、オールドレンズがどうして魅力的な映像を映し出すことができるのか?という原理的な理由については、このコラムMy POVのVol.3にも少し触れたが、以前、ある海外の大手レンズメーカーに取材に行った際に伺った話では、特に1970年以前レンズのガラス鋼材の中に鉛が含まれていて、この鉛成分が含まれることよって、画質的には特に赤色の表現に違いが出るといった効果が生まれると聞いた。1990年代以前多くのレンズには、レンズ硝材生成の際に鉛が使用されていた。鉛には透過率を上げ、屈折率を上げる効果があるそうで、レンズ素材のガラスとしては非常に有益な効果が得られたようだが環境に悪影響を与えることが問題視され使用されなくなった。
キヤノンでは現在、鉛の代わりにガラスコーティングの技術の進化でその点を補っているという。

スチル用レンズのフォーカスブリージング
ムービー系カメラマンの方が、スチル用レンズを動画に使用した際にまず違和感として感じるのは、フォーカスブリージングだろう。フォーカスブリージングというのもかつては動画系カメラマンから見た、スチルレンズの『負のポイント』だったが、スチルのカメラマンからすれば、あまり気にない、むしろ演出効果、といった意見も出てきているのが現状だ。
初心者のために説明しておくと、フォーカスブリージングとは動画撮影でフォーカス操作した際に、画角が勝手にうねるような動きをしてしまうことで、被写体の像があたかも呼吸(Breath)しているように見えることから、Breathing=ブリージングと呼ばれる現象だ。
静止画を撮影する際には、フォーカスを決めてからシャッターを押すだけなので気にならないのは当然だが、動画では撮影中にフォーカスを送る操作が頻繁に行われる。その際にいちいち画角や像が変形してしまうような現象は、多くのムービーカメラマンにとっては違和感でしかない。
ただ、それは今や『違和感でしかなかった』という表現が正しいのかもしれない。今やブリージングも一つの演出効果として採用している作品もあるからだ。この辺もスチルカメラマンとムービーカメラマンの感覚の違いが生じている部分でもある。
一般的にシネマレンズと呼ばれる高価な映画用レンズでは、緻密な光学設計によってブリージングが発生しないように作られている。しかし光学性能の向上とフォーカスブリージングの抑制問題は、カメラ用レンズを設計する上で背反する部分が多く、補正機能を追求すればそれなりに高額になってしまうことは否めない。これまでのスチル用レンズでは、静止画撮影を基本設計としていたため、画質とともに価格も考慮した場合、このフォーカスブリージング補正に関してはどうしても二の次になってしまうようだ。
ちなみにキヤノンのRF F1.4 L VCMシリーズでは、新たな技術によってこれを抑える「フォーカスブリージング補正」機能が備わっている。
VCM(ボイスコイルモーター)は磁場を利用した、電気エネルギーを運動エネルギーに変換する駆動装置(アクチュエーター)で、フォーカス用のレンズユニットをスムーズに駆動させる新技術だ。この辺の技術詳細については、私が語るよりもキヤノンのRFレンズのWebサイト、もしくはRF14mm F1.4 L VCMの開発者インタビュー記事の中で、動画撮影のフォーカスブリージング補正についても語っていらっしゃるので、こちらをぜひ参考にして欲しい。

最近ではレンズ側の設計で抑制するとともに、こうしたカメラ側で補正する製品も出てきており、ブリージング自体が大きな問題にならなくなってきたようだ。
静止画出身か映像出身か?
例えばカメラとレンズのメーカー選択の関係についてだが、これについてもスチルカメラマン、ムービーカメラマン両者の感覚は大きく違うことが多い。
一般的にスチルカメラマンの場合、自分の愛用するカメラメーカーへの依存度が大きく、愛用するカメラがキヤノンであればキヤノンのレンズを使用するケースが大多数だ。これはもちろんメーカー独自のレンズマウントに依存するところも大きいからだと思うが、カメラとレンズは絶えず対の関係で、よりそのメーカーの製品を使いこなすことが彼らのステイタスでもあるからだろう。もちろん被写体や撮影対象によってカメラとレンズを変えるカメラマンも多いし、多くのプロはそういう感覚を持っている。ただそのチョイスも極めてプロカメラマンであってもその嗜好性が極めて強いとも感じている。
ところが、映画キャメラマン(ある程度の年齢以上の方はこの表記にとてもこだわる!)にとってのカメラやレンズは、同じメーカーであることが必然、という考え方の人はほとんどいない。レンズはそもそも「表現のための絵筆」と考えているので、被写体によってレンズを変えるのは当然であり、作品によってカメラもレンズも変わるのが当たり前である。つまりA社のカメラだからと言ってA社のレンズを使うことがマストではない。むしろ様々なメーカー、様々な仕様のレンズが付くことが前提で機材を選ぶし、映画の場合は特に、何を表現したいかによって、シーンごとにカメラもレンズも違うものが選ばれるケースも多いのは周知の通りだ。
カメラやレンズの選択肢が多岐に渡ることで、その現場を成立させるための周辺機材も、またその選択肢が多岐に渡る。レンズごとに専用リグを組んだり、フォローフォーカスやワイヤレスシステムをつけたり、モニターや大型バッテリーをつけたりと付属品も増えていく。メーカーも純正製品だけで賄えることはほぼ無いのでサードパーティの製品が多くなり、その合致仕様も色々と覚えなければならない。
逆にスチル系のカメラマンの方は、この面倒な機材パズルが苦手という人が実は多い。特に少人数スタッフで作る現場が増える中で、ワンメーカーでなんとか完結して欲しいと願うカメラマンも多いのもわかる気がするのだ。
ただこれらの撮影スタイルの違いが、映像自体のクオリティに直接影響するかというと、そういうことではない。いまは多様性の時代。ムービー撮影の基本としてはこれまでのお作法を少々逸脱している動画も多く見かけるが、それが別に悪いとか質が低いというわけではない。むしろ今は様々な表現があっていいと思うし、むしろローバジェット作品が多く作られている日本の現場では、機動性や効率性を重視したオールインワンセットの方が今はむしろ尊重されている。


チーム撮影でのリテラシーの共有の重要性
そんな映像制作の多様性からか、最近多くの日本のメーカーが、動画も静止画も撮れるカメラを発表し、シネマクオリティで撮影できるハイエンドのカメラも出てきた。その中で気になるのは、スチル系の文化をそのまま動画の現場で運用しようとしている製品が目につくことだ。
映画やCMももちろんのこと、ビデオカメラマンと言われる放送系/業務系のムービーカメラマンも、やはりこの業界で長く修行されてきた人は、そこで培われたリテラシー(常識)というのが身についている。こうした人たちの話を聞いても、やはりそこにはチーム撮影のお決まりのリテラシーというか、ある種の慣例(しきたり)というのがあって、そこを外れるメンバーが入るとチーム内に不和が起こる。
映画の現場はもっとシビアで、キャメラマンがいて、チーフがいてセカンドがいて、サードがいるといった長年の撮影部という”チーム”で映像を作ってきた。そこには機材の取り扱い方も含めて、長年映画界で培われてきた常識としてのリテラシーがあって、それが守られてこその現場だったりする。
だから機材もその現場リテラシーに沿った機能に対応して製品であることが大前提だ。ギアを絞める方向、物を置く位置や、決まったボタンの配置、一般的に映像の現場で使われてきたメニュー表示の踏襲など等。
これらがメーカーによって、ある程度変わることは仕方ないのかもしれないが、個人やワンマンで撮っている現場ならともかく、チームで動いている撮影現場では、そのリテラシーで動いていることが前提なので、そこが少しでも変わるとまず懸念されるのは、”事故”につながるということだ。
ただ、これも近年のスチル分野の進出で、大きく変化しつつあるのだろう。変わることは悪くないが、ちゃんと撮影現場のリテラシーを繋いでいけるかは、安全性と効率性、そして時間と予算、そして何より作品のクオリティに直結することを忘れないでほしい。

PROFILE
石川 幸宏(いしかわ ゆきひろ)
映像プロデューサー/ジャーナリスト
映像関係専門のジャーナリストとして約30年に渡って活動。国内外で映像制作機材、技術、制作ワークフローなど取材し、記事執筆も多数。
DV Japan誌、HOTSHOTなどの専門誌の編集長を歴任。映像関連のアドバイザー/コンサルタント/スーパーバイザーや、近年は映像プロデューサーとして作品制作にも参画。日本映画撮影監督協会 賛助会員、(一財)プロジェクションマッピング協会 理事/広報アドバイザー。