石川幸宏コラム 『My POV』 vol.11「動画」と「映画」の違い。シネマティックとは何か?
公開日:2026年7月31日
※AI生成によるイメージ画像です。

最近、短編映画の上映会に参加することが増えてきた。このコラムを始めた時も触れているが、昨年一本短編映画をプロデュースしたこともあって、そうした機会にもなるべく参加してみることにしたのだ。以前は仕事の関係上、何か映像作品を制作しても、特に自分の名前をクレジットに出したりすることはあまりなかったのだが、ここ近年は映画や映像のプロデューサーとしても正式に関わることが多くなったので、自分の作品として名前を出すようにしている。そしてその作品が映画祭などで評価されるようになると、他の作品はどうなのか?どんな作品が評価されているのか?などが気になってくるものだ。
そんな機会において、様々な作品を見ているといったいこのカットには何の意味があるのか?その後何とつながるのか?さっきのシーンとの繋がりは?など疑問に思えてくるショットをしばしば見かける。正直、私にとってそれは「映画」ではなくて単なる「動画」だなと思える作品も多い。
そして、そのことに触れると、そもそも「動画」と「映画」の違いとは何か?と問われることがよくある。また俗にいう「シネマティック」とは何か?という問いも世間話の中でよく出てくるワードだ。
ボケ&カラーグレーディング=シネマティック、ではない!

15年ほど前、それこそキヤノンのEOS 5D Mark IIが出てきた2010年ごろ、そこから一気にデジタル一眼レフカメラで動画=映像作品を撮影する人たちが増えてきた。特にワンマンで撮影しているようなウエディングや企業プロモーションの映像制作者たちは、こぞってデジタル一眼レフカメラを使い始めた。そこからざまざまなジャンルで「シネマティック・ビデオ」といった言葉も流行り始めて、要は一眼レフ撮影における単焦点レンズのボケ味の美しい映像やカラーコレクションで色味を変えている映像=シネマティックな表現、などと言われている向きもある。私自身も以前はなんとなくそう思っていたこともあった。シネマティックとは、何かカメラ技術的なことだと考えていたのだ。
しかし、多くの取材を通じて映画関係者のインタビューなどから映画撮影について多くのことを学んだ今、「映画」と「動画」の違いについて、またシネマティックとはなんなのか?そこには明確な回答がある。
「動画」は、ある意味で『記録映像を集めたもの』であるのに対して、「映画」とは『観客=視聴者の心をコントロールするようにデザインされた映像で綴った作品』なのである。
映画学校や大学で、実際に映画を作るといった作業の中で、多くの生徒が直面する問題がまずカメラをどの位置に置くか?ということだ。
「映画」として撮るならば、映像をただ「記録」するのではなく「デザイン」されていることが重要になる。そこで考えなければならないのは、カメラ位置ではなく、各シーン、各フレームの存在の目的、つまり表現したい感情によってカメラ位置やレンズも変わり、それが分かれば、カメラの位置は自ずと決まってくる。
全ての映像作品において、そうした演出的な映像表現が必要なわけではないが、あえて「映画」と言われる作品の映像がどうあるべきか?を考えた時、それはとても重要だ。
今回は観ている側=観客を操るための「映画」で使われる代表的な撮影技法について、簡単に説明しておこうと思う。
Proximity(プロキシミティ)の法則
映画の中で使われる代表的な撮影技法はたくさんあるので、全てを細かく説明していくと学校の授業になってしまうのでここで多くは語らないが、ここでは初心者の方にもわかりやすいように、まずはカメラの使い方における物語を語るのに必要な、主だったショットを説明しておきたいと思う。ハリウッドをはじめ海外の映画学校でまず教わる最初の授業のような感じなので、知ってる方にとっては今回は読み飛ばして頂ければ幸いだ。
ただし海外では当たり前のような基礎的な技術解説が、実は日本の映像学科を有する大学などの生徒さんに聞いても、実はあまりこうした内容の講義を受けたことがないという。そんな方々のためにここで少し触れておくのも良いだろう。
まずショットサイズについて解説しておこう。
人物に対して、下記のような基本的なショットサイズが存在することは周知の通りだ。
・クローズアップ
・バストショット
・ミディアムショット
・ロングショット
例えばこの中でロングショット、クローズアップが、どう使われているのか?
1950年代から70年代に活躍した、こうした技法のバイブル的な作品をいくつも残した名匠アルフレッド・ヒッチコック監督は『映画を撮影する際に、表現したい感情の強弱によってカメラの位置が決まってくる』と語っている。クローズアップは感情を強く表現し、ロングショットはそれを和らげる効果がある。また突然クローズアップカットにすれば、驚きの感情の強さをそのカットへの切り替えスピードなどで表すことができる。また変わったアングルのショットになれば、ドラマチックな感情を表現できたりもする。
こうしたカメラと被写体の距離のことを映画用語として、Proximity(プロキシミティ)と呼ばれる。あまり日本の現場では馴染みのない言葉かもしれないが、これはカメラと被写体の物理的距離や位置のことでありながら、実は演出的な意味が大きい。
前述のショットサイズはすべて、このプロキシミティが異なる。
例えばロングショットでは、人物を遠くから撮ると客観的、孤独、空間を感じる。
一方、段々とクローズアップにしていき、人物へ極端に近づくと、親密度、緊張感、圧迫感が強まり、そして感情移入が生まれる。
よく『被写体とカメラとの距離は、観客の感情移入を左右する』と言われるのは、これらの技法を多用することで生じるものだ。
海外の撮影監督が現場で、“Increase the proximity.(近接度を高めて!)”と言った場合、これはズームレンズで被写体に寄るということではなく、カメラ自体を動かしてもっと被写体に近づけて!という意味になる。さらにここには単にカメラを動かせ(Move it !)ということではなく、その意図として“観客と登場人物の距離をもっと近くしたい”という意味が込められている。要はカメラを近づけることで、より感情移入を強めたいということだ。この『Proximityの法則』を理解することで、様々な撮影をデザインすることが可能になる。
200mmのズームで寄るのか?50mmのままカメラが近づくのか?
ここで何か映画のワンシーンを例に挙げて詳しく解説したいところだが、人を撮らないと伝わらない話なので、このためにわざわざロケをする時間も予算もなく、また著作権等の問題があるので実際の映画で例を挙げることは難しい。
そこで、ここからはAI画像生成の力を借りて、私なりに何とかわかりやすいように説明してみたい。
ズームレンズで寄った場合と、単焦点レンズのままカメラごと寄った場合(プロキシミティ)の違いについて簡単に解説してみよう。
冒頭の画像のように、カフェでくつろぐカップルが、夕刻が迫るにつれて段々と2人の距離が近くなっていき、やがて…
というシーンを撮影するとしよう。
※AI生成によるイメージ画像です。

この時、撮影機材として例えば、50mmの単焦点レンズと、最大200mm程度までのズームレンズがあるとする。この二つのレンズでシーンを表現する場合、200mmでズームアップするのと、50mmレンズのままプロキシミティで寄っていくのと、違いは何なのか?考えてみたい。
まずは次の画像A~Dのサンプルを見てほしい。
※AI生成によるイメージ画像です。

※AI生成によるイメージ画像です。

※AI生成によるイメージ画像です。

※AI生成によるイメージ画像です。

-
※
上記の画像A~DはあくまでAIで生成したイメージ画像です。実際に撮影した場合とは多少結果が異なる可能性があります。
このシーンを技術的に解説してしまうと、「パースが違う」「ズームレンズの圧縮効果で背景が圧縮される」というだけになってしまうが、映画で重要なのは、この画像で観ている観客をどういう立場でどこに立たせるか?ということだ。
画像A、Bで使用している200mmまでをカバーするズームレンズでは、観客は遠くで二人を眺めていて見守っている状態になる。200mmではカメラは遠くにいる状態で、しかしズームで人物だけ大きく映す。すると観客は道路の反対側にあるカフェの窓越しから、客観的に二人を見ているようになる。近くには感じるけれどその場には存在していない。つまり覗き見的な感覚に近い状態になり、カップルはかなり向こう側の離れた世界の話になるだろう。
一方で、画像C、Dの、50mm単焦点レンズをつけた場合、最初のワイドショットからカメラ位置を動かしてクローズアップ撮影した場合はどうだろうか?50mmレンズのままカメラを前へ進める。つまりカメラ自体が人物へ近づくと観客は二人のすぐ横に立っているような感覚になる。背景は大きく広がり、街の空気や距離感、そして夕暮れの雰囲気まで感じることができる。二人を取り巻く世界の中へ観客自身が入り込んでいく感覚になる。つまり「観客の存在そのものを、被写体へ近づける」これが“Increase the Proximity”だ。

動画ではないので、このサンプル画像だけでそこがうまく伝わるかどうかが果たして疑問だが、実際の映画ではこれにサウンドデザインが施され音楽もつくことで、その雰囲気が一層高まるように演出される。
◎2つのレンズで撮影された対比をまとめてみると…
50mm/Proximityの場合
・背景のパース(遠近感)が強調
・カメラが近づくことで、背景が大きく変化
・被写体と背景の距離感が広く見える
・より「その場にいる感覚」「没入感」が生まれる
200mm/ズームアップの場合
・背景のパース(遠近感)が圧縮される
・背景の見え方が変わりにくい
・被写体と背景が近くに見える(圧縮効果)
・被写体が浮き上がるように見える(背景が整理される)
同じ人物サイズでも200mmの場合、2人だけの時間を遠くから見つめている状態だが、50mmでカメラごと接近すれば、2人の世界に自分もその場にいるような感覚を演出することができる。これはどちらがベストという話ではなく、あくまで演出的な意味合いを変えるなら、こうした技法が使えるという話だ。
臨場感を求めて50mmでカメラごと寄れば、プロキシミティで観客もその映画の世界の中に参加して、デートの甘い空気感も共有することもできるし、200mmでズームアップすれば、例えば演出の展開として、彼氏とケンカしてカフェに来ていた別の主人公がいるとした場合の視点に置き換えることができる。
主人公の彼女は、カフェの窓外に熱いカップルの成り行きを静かに見守っていたが、それを見て次の行動に出る、といった客観視した第三者視点の演出もできるというわけだ。その後、彼女はケンカの理由を思い直し、彼の部屋を再び訪れる…という展開になるのか否か???
要はカットの並びと表現によって、その映画を見ている観客の心情をコントロールできるというわけだ。
※AI生成によるイメージ画像です。

観客の心理的位置を設計する
冒頭に述べた、何を表したいのかよくわからない映像というのは、要は映画作品でも、こういう演出意図がはっきりと描かれていない構図のものが多く、私にはそれがどうしても記録映像の寄せ集め、つまり「映画」ではなく「動画」に見えてしまう。
そして撮影監督(Director of Photography)という人は、レンズや機材を熟知して、照明をコントロールして絵作りするという役割も大きいが、もっと大切なのは「単に画角だけではなく、観客の心理的位置を設計している」ということだろう。
このコラムではこれからもこうした事例を交えながら、色々とカメラと演出についても解説していきたいと思うのだが、実は私がこうした解説の参考にしているのがここだ!

今回のような映画技法に興味がある方は、できることならぜひ一度ドイツのフランクフルトにあるドイツ映画博物館を尋ねてほしい。フランクフルト中央駅から歩いて15分ほどのこの博物館。もちろん映画の歴史を語る上で欠かせないカメラオブスキュラなどの古典的な映画の起点となるような機材展示もたくさんあるが、最大の魅力はこうした映画の技法をいくつも自分で体感できる施設が揃っていて、本当に素晴らしい展示内容になっている。
日本国内にそういう施設の存在を聞いたことがないのでおそらく無いと思われるが、直感的にこうした映画技法を体験できるスペースがいくつもあるのは羨ましい限りだ。ここに3日間通えば、映画学校の最初の1ヶ月の授業はおそらく不要だろう。私は過去に3回ほど訪れていて、その度に新しい発見があるので、円安でなかなか欧州に行ける機会は少なくなったが、映画好きでフランクフルトに行かれる方がいれば、ぜひお勧めしたい。




本コラムについて
本コラムは、映像制作や上映方式に関する一般的な技術背景や歴史的な事例を紹介することを目的とした解説記事です。
本文中で言及しているフォーマット名、上映方式、配信サービスなどは説明上の例示であり、特定の企業・製品・サービスとの提携、認証、推奨、または公式的な見解を示すものではありません。
PROFILE
石川 幸宏(いしかわ ゆきひろ)
映像プロデューサー/ジャーナリスト
日本映画撮影監督協会 機関誌「映画撮影」編集長
映像関係専門のジャーナリストとして約30年に渡って活動。国内外で映像制作機材、技術、制作ワークフローなど取材し、記事執筆も多数。
DV Japan誌、HOTSHOTなどの専門誌の編集長を歴任。映像関連のアドバイザー/コンサルタント/スーパーバイザーや、近年は映像プロデューサーとして作品制作にも参画。日本映画撮影監督協会 賛助会員、(一財)プロジェクションマッピング協会 理事/広報アドバイザー。