HIKARI HAS COME
HIKARI HAS COME

about

宮本卓 (みやもと たく)
1957年、和歌山県生まれ。神奈川大学を経て、アサヒゴルフ写真部入社。1984年に独立し、フリーのゴルフカメラマンになる。1987年より海外に活動の拠点を移し、マスターズ、全米オープン、全英オープン、全米プロといったメジャートーナメントの取材だけでも100試合を数え、単にゴルフゲームを追うだけではなく、光と影を巧みに利用し、その奥に潜む人間の心理を表現している。近年では世界のゴルフ場の撮影にも力を入れており、ゴルフに関するイメージ写真と共に活動の場を海外のゴルフ雑誌等に広げている。2002年よりPebble Beach Golf Links、2010年よりRiviera Country Clubのライセンス・フォトグラファーに。写真集に『美しきゴルフコースへの旅』『Dream of Riviera』『鳴尾GC100周年記念写真集』、さらに作家、伊集院静氏との共著で『夢のゴルフコースへ』などがある。1998年、第2回ジョニーウォーカー・ゴルフジャーナリストアウォード最優秀写真賞、平成27年度和歌山県文化奨励賞受賞。全米ゴルフ記者協会会員、世界ゴルフ殿堂選考委員。
昔、外国の雑誌で一枚の写真に目が留まり、
いつか行ってみたいと夢見ていた。
その後、スポーツ写真の魅力に取り憑かれ、
世界中を旅する日々を送る中で、
あの日夢見ていた地に自分が立つことができた。
その時、写真の「力」を信じるようになった。
一枚の写真が人の背中を押すことがあるということも。
そして、カメラに触れるたび、
また一歩前に進もうとする自分がいる。
HIKARI HAS COME。その光を信じて。
いつか行ってみたいと夢見ていた。
その後、スポーツ写真の魅力に取り憑かれ、
世界中を旅する日々を送る中で、
あの日夢見ていた地に自分が立つことができた。
その時、写真の「力」を信じるようになった。
一枚の写真が人の背中を押すことがあるということも。
そして、カメラに触れるたび、
また一歩前に進もうとする自分がいる。
HIKARI HAS COME。その光を信じて。
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東京ゴルフ倶楽部 14番ホール 朝起きるとどしゃぶりの雨が降っていた。
一瞬行くのを戸惑ったが、
とりあえずコースに向かった。
到着すると雨は止み、
やがて太陽が顔を出し始めたその時、
信じられないような光景が広がった。
突然の天候の回復で
桜が咲き誇るコースに力強い光が差し込んだ。 -
川奈ホテルゴルフコース富士コース
14番ホール 1930年、ゴルフコースの設計者である
チャールズ・ヒュー・アリソンが来日し、
短い滞在期間の中、
日本に幾つかの素晴らしいコースを遺していった。
この川奈も当初予定にはなかったが、
地形を見て興奮し、デザインを書き上げた。
遠くに伊豆大島を望み日本の美しさを表現した。
100年近く経ったが、今も色褪せることない傑作。 -
廣野ゴルフ倶楽部 5番ホール アリソンの師匠であるハリー・コルトは、
「ショートホールのミケランジェロ」と呼ばれた。
コルトの招聘は叶わなかったが、
アリソンは見事に廣野GCの4つのパー3をデザインした。
まさしく世界を驚かすこの設計は、日本の宝だ。 -
六甲国際ゴルフ倶楽部 東7番ホール 神戸に移り住み、驚いたことは
六甲の山々に広葉樹林が多かったこと。
秋になると、山は見事な紅葉で覆い尽くされる。
100年以上前、イギリス人が何故この六甲山に
日本初めてのゴルフ場を作ったか思いを巡らせると、
なんだかわかるような気がした。 -
PGMマリアゴルフリンクス 9番ホール ゴルフ場の美しさはホールデザインだけではなく、
借景の中に曲線美を上手く取り入れることだ。
鬼才と言われたピート・ダイは
千葉の山中に自らの世界観を炸裂させた。
ワオーと叫びたくなる一瞬は、
まさしくダイの真骨頂だ。 -
ザ・サイプレスゴルフクラブ 13番ホール ゴルフ場の雪のシーンを撮りたいとずっと考えていた。
しかし、雪といっても年に何度かの積雪だと、
そのタイミングは難しい。
予報を頼りにロッジに泊まり、その瞬間を待った。
夜しんしんと雪が降る中、翌朝のコースをイメージした。
夜が明け、僕の声が誰もいないコースにこだました。
「コレだぁ!」