このページの本文へ

Lights of 5 米 美知子

米 美知子 と 5。 写真家 米 美知子

互いの可能性を引き出し合う、
相棒と呼ぶべき存在。

翼を持った写真家。

摂氏33°C、湿度82%。梅雨が明けた西表島の日差しは、あまりにも苛烈だった。港に到着した時点で午後を回っていた。車に乗り込んだ写真家 米美知子さんは、すぐに地図を広げ「このあたりに行ってみよう」と、すでに目を輝かせている。事前にかなり下調べしたという。

西表島を訪れるのは2009年以来の米さん。当時はEOS 5D Mark IIと中判のフィルムカメラで回ったそうだ。

「ぜんぜん変わってない」。西表島の景色は、記憶に残るあの頃のままだった。途中、古びた商店を見かけると「このお店もまだある。やってなさそうでやってるんだよね」と懐かしむ。過去の記憶をたぐり寄せるように車窓をのぞむ表情は、期待に溢れていた。

到着したのは島の南の海岸。エメラルドグリーンの海。夏の雲が浮かぶ青い空。気づくと米さんは、砂浜を颯爽と歩き始め、あっという間に小さくなってしまう。カメラを付けた重い三脚を肩に担ぎながらだというのに、にわかに信じられない光景だった。足を取られ歩きづらい砂浜を、どうすればあんなに速く歩けるのか。山や森でも感じることだが、米さんの背中には、翼が付いているのではないか。そう疑ってしまうほど、ひらひらと軽快に進んでいく。

何かを見つけたのだろう。三脚の脚を伸ばし、水平線に向けたカメラはEOS R5 Mark II。新しい“5”のファインダーから、米さんは何を見たのだろう。カメラが変わっても米さんがやることは変わらない。波の引き際をタイミングにシャッターを切っていく。

場所を変えながら数十分、撮影を続けていると、三脚からカメラを外し、手持ちに切り替える。砂浜を走るヤドカリを見つけたのだ。小指のツメほどのヤドカリを追う米さん。「逃げないでえ」と楽しそうだ。海を後にしながら「かわいい顔してたな」とポツリ。

別の海岸の入口で、見たことのないトンボの集団が宙を舞っていた。沖縄本島以南の琉球列島に生息するオキナワチョウトンボだ。風景を撮る米さんに、カメラの追従性能は必要のない機能だと思われるが。でも米さん、EOS R5 Mark IIのオートフォーカスのトラッキング性能を試してみたいということで、トンボの集団にファインダーを向けてみた。すると一度捉えた1匹を追い続ける様子がファインダーの中で確認できた。「すごい、すごい、すごいよ。ちゃんと追ってる!」と興奮気味にファインダーを見せてくれた。風景以外にも昆虫や動物を撮ることもある米さんにとって、カメラ任せで被写体を追い続けてくれる機能はありがたいという。一枚の写真作品とは別に、記録として動画も残す米さん。メインではないだろうが、少なからずカメラの進化は米さんにとっても新しい可能性をもたらしているようだ。

お腹空いてるのに。

今回の旅の大きな目的は、サガリバナを撮ること。夏の花であるサガリバナは、梅雨が明けた6月下旬から7月初頭が最盛期と言われる。陽が暮れた時間帯から咲き、夜明け頃には花が落ち始める。一夜でその命が尽きるサガリバナの多くは、マングローブの森を走る川沿いを好んで生息する。花は川面に落ちるため、しばらくは沈むことなく水面で“咲く”のだ。米さんは、このサガリバナをどう撮るのだろうか。

サガリバナを撮るポイントまでは、カヤックで川をのぼる。米さんとの旅は、山も川も「のぼる」ことで、かけがえのない景色と出会えるのだと実感する。早朝5時。ガイドとの待ち合わせ場所に到着すると、突然のスコール。西表島の洗礼か。数分後に雨が上がると、いよいよ出発。まだ暗い川をのぼっていく。徐々にのぼってくる太陽を背に、ひたすらパドルを漕ぐ。気づくと、ぽつぽつと白い花が水面を泳いでいた。サガリバナだ。徐々にその数が増えてくると、米さんはカメラを構えていた。水深が浅い上流でカヤックを降り、マングローブの茂みに入っていく。さあ米さんの時間が始まる。

地面には、一面のサガリバナの世界が広がっていた。マングローブで覆われた森は、陽の光はほとんど差し込まない。時間を忘れて没頭するとはこのことだろう。とにかく楽しそうに撮る。大げさではなく、その目は輝いていた。「すごい撮れてる!撮れてる!」。

止まっているサガリバナを撮ることは難しくない。感度を下げてスローシャッターで撮ればいい。だが動いているサガリバナを絞り込んで止めるとなれば、暗い森の中では高感度が必要だ。フィルムカメラでは無理なことはわかっているし、EOS 5D Mark IIの高感度性能には限界がある。前回の旅でできなかったことだ。でもEOS R5 Mark IIならきっとできる。自分の好きな被写体を好きな表現で思う存分撮れる。「今回、西表島を選んだのは、そんな理由でした」。

無心で撮影を続ける米さん。「お腹空いてるのにやめられない」。この言葉を笑ってはいけない。食事は米さんにとって非常に重要なこと。ちゃんと食べる。しっかり飲む。これが米さんの力の源だ。そんな大事なことすら後回しにするほど、サガリバナの光景は期待を上回るものだったのだろう。流れゆくサガリバナと、落ちて止まるサガリバナ。自身のイメージを超える作品は撮れただろうか。

朝食を食べた頃にはもう、すっかり陽がのぼりきっていた。そしてカヤックでスタート地点へと戻る。「来てよかった」。誰に言うわけでもないこの一言が印象的だった。

岸に戻った。往復7km超のカヤックの冒険だったが、まだ朝だ。サガリバナが見られる別のポイントに寄りながら、次は森の奥にある洞窟を目指すことにした。米さんも初めて訪れる場所だ。

米さんの目的は撮影。道中を楽しむトレッキングではないため、目的地まで一気に進む。山であろうと、森であろうと同じだ。途中、頭上を赤い鳥が横切った。リュウキュウアカショウビンだ。西表島で夏に見られる渡り鳥。見えたのは一瞬だったが、鳴き声は止まない。

洞窟に到着すると、突然、気温が下がる。森の中でも暑かったのが嘘のよう。洞窟はほぼ闇だが、EOS R5 Mark IIはミラーレスカメラなので暗いところでもファインダーが明るいため構図が作りやすい。その点で、フィルムカメラや一眼レフカメラよりも快適な撮影ができるはずだ。

この森では3箇所の洞窟を巡り撮影を終えた。こういうシーンでは超広角レンズRF15-35mm F2.8 L IS USMが威力を発揮する。米さんの常用レンズは他に、広角から中望遠までカバーするRF24-105mm F4 L IS USM、望遠で風景を切りとるRF70-200mm F2.8 L IS USM。この3本でだいたいのシーンは撮れるが、限られた場面で、より超広角のRF10-20mm F4 L IS USM、超望遠のRF100-500mm F4.5-7.1 L IS USMを使う。フィルム時代と違って機材が軽量化・少量化したため、その分持ち運べるレンズも増えたのだ。

そして夕景へ。この時期、日没は19時半ごろなので18時を過ぎてもまだ昼間のように明るい。気温も下がっている気がしないほど暑い。この日のポイントに到着すると、マングローブの根が見えないところまで潮位があった。米さんはマリンシューズをはき、ズボンの裾をまくり上げ涼しい顔で海に入っていく。夕景まで座して待つことはない。

その日の太陽が目線の高さまで降りてきた。ちょうど山と重なっていたため、水平線に落ちるシチュエーションではない。空はオレンジ色に染まり、東の空から紫色の夜を運んでくる。得も言われぬ自然のショータイムが始まった。目に見えるスピードで太陽は落ちていく。聞こえるのは、さざ波の音と米さんがシャッターを切る音だけ。いつの間にかレンズは、RF70-200mm F2.8 L IS USMに変わっていた。望遠レンズでどんな世界を切りとったのだろう。

写真の目。

翌朝、この日もまずはサガリバナから狙うことに。米さんがまだ踏み入ったことのない場所を求めて車を走らせた。一人で移動している時は、気になったところにどんどん入っていって、いい景色があれば撮るというスタイルだ。ガイドブックに載っているところではなく、まだ見つけられていない場所、気づかれていない場所を自身で切り拓いていく。そうやって米さんは、独自の作品をつくりあげてきた。

「自分で運転していると道やポイントは忘れない」と米さん。十数年ぶりの西表島だったが、山道の入口や海岸の場所など、本当によく記憶しているなと感心させられる。でも今回は助手席でポイントを探していたため「忘れちゃいそう」と笑う。

この日見つけた山道から、森の中へ入った。木々の隙間から差し込む陽光が、森を照らしている。少し歩くと、小川にサガリバナが美しく落ちていた。今朝落ちたものだろう。木漏れ日を受けたサガリバナは、まるで「スポットライトの真ん中にいる子。ステージみたい」という光景。光と影の強いコントラストのある状況を撮るのかと思えば、その逆だった。太陽が雲に隠れるまで待つ。つまり強い光が差し込まないタイミングを米さんは狙っていた。水面に映り込む緑とサガリバナを写すためだ。撮った一枚を液晶画面から見せてくれた。その美しさに言葉を失う。これが米さんが見ている世界なのか。山道を歩きながら、常に写真に写った時の目で景色を見ているのだ。「見えているから写るんだよ」と平然と言うが、簡単に成せる技ではない。

最後の夕景は、水平線に太陽が落ちる浜辺を選んだ。無尽蔵の体力で、砂浜を歩き回り撮影を続けている。日没が迫る。雲間からにじむ太陽が眩しい。レンズをRF100-500mm F4.5-7.1 L IS USMに付け替えた。超望遠で太陽を大きく写すのだろう。ちょうどそのころ、一眼と三脚を持った数名のグループが夕日を撮るためにやってきた。みな同じ方向にレンズを向けている。陽が沈んでも、変わらず同じ方向を撮り続けていた。一方の米さんは、東の方向にカメラを向けていた。それだけではない。ポイントを移動しながら別の方向を探している。同じ空だが見る方向によってまるで違う作品になる。ポイントを変えていく動きも速い。陽が沈むスピードが速いからだ。空の色彩もあっという間に変わる。その日のラストスパートを米さんは駆け抜けていた。

旅の最終日、大潮。絶滅危惧種のウミショウブの足跡をもとめ、早朝から車を走らせた。夏の大潮の日に咲くという海の花。前日から地元の方々から話を聞き、かつて生息していたといわれる海岸をリサーチしていた。もっとも有力と思われた海岸にターゲットを絞り、大潮の時間帯、遠浅まで数十分歩いた。生息している形跡はあるものの、花を見つけることはできなかった。この日に咲かなかったのか。ここではない別の場所で咲いていたのか。今回は見ることができなかったが、きっといつか米さんに見つけてもらって写真になる。そう願いなら西表島をあとにした。

“5”が中心。自然が前提。

旅の最後に米さんにとって“5”とはどういう存在か聞いてみた。少し考えた後、米さんは答えてくれた。「まずEOS R5 Mark IIは、緑の色がすごくきれいに出る印象があります。それが第一印象ですね。自然な緑、いろんな色合いの緑が再現されていると思います。あとは抜け感、奥行き感、空気感もいい感じ。

私の表現の中では、まず“5”が中心にいる。そして、この子ならこういう表現ができるんじゃないか。可能性を広げてくれるんじゃないか。そんな期待に応えてくれる。もっと言えば、私がこの子の可能性を引き出してあげたい。お互いに表現力を引き出し高め合う相棒っていうのかな。相思相愛の関係。私と“5”が重なり合ったときに一枚の写真が生まれて、みんなにきれいだねって言ってもらいたい。そう思います。

私は、美しい自然を美しい自然のままに撮る。これが前提です。昔も今も変わらない私の思い。現場主義だから、現場でぜんぶ解決したいし完結させたい。現場でやってくる。そういうことを“5”はやってくれるので。だから家に帰ってモニターで見るのがすっごく楽しみなんです。現像する前のRAWデータを見てきれいだなと思えるんですよ。やっぱり私の人生になくてはならないカメラですね」。

写真家 米美知子。新たなる“5”を相棒に、この先どんな未知を拓いていくのだろう。そして我々に、どんな日本の風景を魅せてくれるのだろう。

米 美知子写真家

独学で写真をはじめ、アマチュア時代には全国規模コンテストで数々の賞を受賞。
日本の素晴らしい自然と色彩美を独創的な視点で表現。中でも表情豊かな森に魅せられ、
北海道から西表島まで日本の森を撮り歩く。
「夢のある表情豊かな作品」をテーマに精力的に撮り続けている。

Lights of 5 トップへ
48926979A4D64B08B6FD32DEC88F70D6
Lights of 5|001:米 美知子
https://personal.canon.jp/articles/interview/lights-of-five/001
2
https://personal.canon.jp/-/media/Project/Canon/CanonJP/Personal/articles/interview/lights-of-five/001/image/banner-thumb.jpg?la=ja-JP&hash=CE5ECFB46283949D85A2F154A475A552
2024-07-17