別の海岸の入口で、見たことのないトンボの集団が宙を舞っていた。沖縄本島以南の琉球列島に生息するオキナワチョウトンボだ。風景を撮る米さんに、カメラの追従性能は必要のない機能だと思われるが。でも米さん、EOS R5 Mark IIのオートフォーカスのトラッキング性能を試してみたいということで、トンボの集団にファインダーを向けてみた。すると一度捉えた1匹を追い続ける様子がファインダーの中で確認できた。「すごい、すごい、すごいよ。ちゃんと追ってる!」と興奮気味にファインダーを見せてくれた。風景以外にも昆虫や動物を撮ることもある米さんにとって、カメラ任せで被写体を追い続けてくれる機能はありがたいという。一枚の写真作品とは別に、記録として動画も残す米さん。メインではないだろうが、少なからずカメラの進化は米さんにとっても新しい可能性をもたらしているようだ。
止まっているサガリバナを撮ることは難しくない。感度を下げてスローシャッターで撮ればいい。だが動いているサガリバナを絞り込んで止めるとなれば、暗い森の中では高感度が必要だ。フィルムカメラでは無理なことはわかっているし、EOS 5D Mark IIの高感度性能には限界がある。前回の旅でできなかったことだ。でもEOS R5 Mark IIならきっとできる。自分の好きな被写体を好きな表現で思う存分撮れる。「今回、西表島を選んだのは、そんな理由でした」。
洞窟に到着すると、突然、気温が下がる。森の中でも暑かったのが嘘のよう。洞窟はほぼ闇だが、EOS R5 Mark IIはミラーレスカメラなので暗いところでもファインダーが明るいため構図が作りやすい。その点で、フィルムカメラや一眼レフカメラよりも快適な撮影ができるはずだ。
この森では3箇所の洞窟を巡り撮影を終えた。こういうシーンでは超広角レンズRF15-35mm F2.8 L IS USMが威力を発揮する。米さんの常用レンズは他に、広角から中望遠までカバーするRF24-105mm F4 L IS USM、望遠で風景を切りとるRF70-200mm F2.8 L IS USM。この3本でだいたいのシーンは撮れるが、限られた場面で、より超広角のRF10-20mm F4 L IS USM、超望遠のRF100-500mm F4.5-7.1 L IS USMを使う。フィルム時代と違って機材が軽量化・少量化したため、その分持ち運べるレンズも増えたのだ。
その日の太陽が目線の高さまで降りてきた。ちょうど山と重なっていたため、水平線に落ちるシチュエーションではない。空はオレンジ色に染まり、東の空から紫色の夜を運んでくる。得も言われぬ自然のショータイムが始まった。目に見えるスピードで太陽は落ちていく。聞こえるのは、さざ波の音と米さんがシャッターを切る音だけ。いつの間にかレンズは、RF70-200mm F2.8 L IS USMに変わっていた。望遠レンズでどんな世界を切りとったのだろう。
最後の夕景は、水平線に太陽が落ちる浜辺を選んだ。無尽蔵の体力で、砂浜を歩き回り撮影を続けている。日没が迫る。雲間からにじむ太陽が眩しい。レンズをRF100-500mm F4.5-7.1 L IS USMに付け替えた。超望遠で太陽を大きく写すのだろう。ちょうどそのころ、一眼と三脚を持った数名のグループが夕日を撮るためにやってきた。みな同じ方向にレンズを向けている。陽が沈んでも、変わらず同じ方向を撮り続けていた。一方の米さんは、東の方向にカメラを向けていた。それだけではない。ポイントを移動しながら別の方向を探している。同じ空だが見る方向によってまるで違う作品になる。ポイントを変えていく動きも速い。陽が沈むスピードが速いからだ。空の色彩もあっという間に変わる。その日のラストスパートを米さんは駆け抜けていた。