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ハービー・山口「1970年、二十歳の憧憬」

本展では、1969年から1973年にかけて、当時二十歳前後だったハービー・山口氏が撮影した未発表のモノクロ作品約70点を展示。学生運動や文化祭で訪れた学校の生徒たち、近所のお祭り、沖縄の米軍基地など、若き日のハービー・山口氏が、生きる希望に導かれ、憧れと好奇心を持って見つめた人や風景。それらを写した作品は、氏の創作活動の原点を伝えるとともに、見る者に温かな気持ちを運んでくれる。

会期 会場
2010年9月24日~2010年11月2日 キヤノンギャラリー S

作品・展示風景

作家メッセージ

この写真展に展示した写真は、1969年から1973年、僕が19歳から23歳にかけて撮影された、およそ40年前の未発表写真です。写真の専門学校には行っていなかった僕は、素人ながらに、写真家になりたいという意志だけは、誰にも負けないくらい強くこころに抱いていて、毎日写真を撮っていました。自分自身、そして写真を見た人が、ポジティブになれるような写真を撮りたいという思いが根底にありました。幼少より病弱だった僕は、写真によって生きる希望を探していたのだと思います。

被写体となったのは、僕の憧れや、人間への共感、生きるエネルギー、そして、まだ見ぬ土地への好奇心でした。僕が20歳になった年のある日、公園でバレーボールをしている少女にカメラを向けました。彼女がある時、「あっ!」と声を上げました。ボールが僕にぶつかりそうになったのです。この時の彼女の、僕を心配そうに見守る表情がいまだに忘れられません。

僕への優しさ、慈しみ、といった、およそ人間が持てる最も美しい光が、瞳の奥に輝いていたのです。その瞬間、僕は天からの啓示の様に、「そうだ、僕は世界中を旅して、今見た美しい瞳を撮り続けよう。」と誓いました。そんな経験を経ながら、学生運動、文化祭で訪れた学校の生徒たち、自宅近所のお祭り、沖縄の風景が僕の目の前を次々と通り過ぎて行きました。僕は、こころをときめかせ、シャッターを切り続けました。
これらの写真は、プロの写真家になる前の僕の原点を示すものとして、興味が尽きません。沖縄の基地の様に、40年経っても日本がいまだに抱えている問題も、また、この40年間で、知らず知らずに我々が失ってしまった、「人を信じる、人間のこころ」というものが写っているように思います。23歳になった年の9月、僕は新たな被写体を求めロンドンに旅立ち、およそ10年後に帰国し現在に至ります。是非、40年前の、日々を感じて頂きたいと願っております。

作家プロフィール

ハービー・山口(ハービー やまぐち)

1950年、東京生まれ。中学2年生の時写真部に入る。高校、大学と写真部で過ごし、片時もカメラを放さなかった。1973年、ロンドンに行き10年を過ごす。ロンドンでは、劇団に入り役者として100回の舞台を踏む。折からのパンクムーブメントを体験し、街の人々にカメラを向ける一方、無名時代のボーイ・ジョージと同居するなどしながら、ミュージシャンの写真を撮る様になる。1980年代中頃に帰国し、日本のミュージシャンの写真を撮るかたわら、若者から老人たちの素顔に迫ったポートレイトが高く評価されるようになった。写真以外にも、エッセー執筆、ラジオのパーソナリティーなどもこなし、幅広い人気を集めている。個展、写真集多数。

著作権について

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