東京写真月間 2019
糸井 潤 写真展:SOMA-杣
公開日:2023年11月29日
東京写真月間2019国内展は〔山を生きる人々〕-山と共に-をテーマに開催します。
アメリカで写真を学び、現地で報道カメラマンを経験した写真作家糸井潤氏。東京での15年間のサラリーマン生活から群馬の山間部で木こりへ転身し、その地で付いた木こりの親方をモノクロで撮影したドキュメント作品を展示します。さらに村に伝わる奇祭「おんべいや」の模様を記録した作品もあわせて約30点を展示いたします。
開催日程 | 会場 |
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2019年5月14日(火)~6月11日(火) | キヤノンオープンギャラリー1(品川) |
作家メッセージ
芸術家生業と共に片手間でやっていると思われたのだろう。大学出はモノにならん、と面と向かって新規職場初日に言われ、数ヶ月後には森林組合をクビになった自分に、地元の友人が「木こり」の先輩を紹介してくれた。教えられた電話番号につなげると、「とりあえず飲みに来いや」と。ちょっと高価そうな焼酎の瓶を抱えて行くも、「味のする酒は飲まん」となり、2.7Lのプラスチックボトルに入った透明な液体をお湯で割り、オレンジ色の「エコー」を美味そうに吸う男と朝まで飲んだ。自分は、今回の、最初のテストには受かったようだ。
その男は70になるが、物心ついた頃から山は、遊び場でありまた、食料と燃料の資源庫であることを知っていた。山からの恩恵を、享受し、余すところなく使い切る。そして、山を豊かに回すことは、川と海を豊かにすることにつながる。そういった資源の循環を、自分が理解できるようになったのは、森と水が豊富なフィンランドという国に1年間生活した自身の経験もあるのだろう。
木の枝ひとつ折る事、木の幹を傷つける事を悪しき事とする、ボーイスカウトの自然愛護の教えが少年時代から身に付いていた。そして、撮影をしつつ北欧の森の中をさまようなか、皆伐され切株で埋め尽くされた平原に出会った。その出来事を悲しいと感じたと、フィンランド人に伝えたら、何を言っているのだ、とあきれた顔で返された。「再生可能」、「持続性」という言葉が森に当てはまると知ったのは、そこからだった。
15年間の東京でのサラリーマン生活から、山村部へ移住し、林業に従事しながら芸術家として物事を見続けてまだ一年ちょっと。60代までが「若い衆」と呼ばれる村に伝わる風習などは、うまく形を変えながら続いているように見える。地水火風の四つの「気」を表す筋が彫られた「ヨキ」とも呼ばれる斧を使ってきた木こりたちも、いまや化石燃料を元とした道具に頼って森に入る。そのむかし、国有林と、そこで働く者たちが、杣(そま)と呼ばれていた事を、知る者は少ない。
プラド美術館で一時間も見入ったベラスケスの油絵は1656年に描かれた。1945年の終戦の後の再建と燃料不足で伐られた木々の跡に植えられた杉は今が伐り時だ。自分が写真家として制作しているプリントは300年色褪せ朽ちないようにと考えて扱っている。いま、施業している山野は、100年後、どう見えているのだろうか。
作者プロフィール
糸井 潤(いとい じゅん)
高校卒業後渡米。芸術学校を出てから、シカゴの新聞社等でフォトグラファーとして活動。北テキサス大学院で修士号を取得後、インディアナ大学の客員助教授として教鞭を執り帰国。東京にて会社員の傍ら作品制作と発表を15年続けた後、2017年より群馬県に移り住み、林業に従事しつつ作家活動を続ける。2009年には文化庁新進芸術家海外研修制度により、フィンランドのラップランド州にて1年間滞在制作を行う。海外も含めた30以上の展覧会にて作品は発表され、ヒューストン美術館などに作品が収蔵されている。
写真作品を通して、自我や、幼少時の記憶、内なるものと外世界との境界についての出来事を、表現しようとしている。生まれ育った日本から離れて、人生の3分の1を異国で過ごした経験が、作者の創作の大きな土台となっている。作品群のひとつに、森の中にある光を、生と死の間にある境界線のメタファーとしてとらえようとしたものがある。森の中で多くの時間を過ごした経験から、アニミズムや、人々の祈りの「場」というものに興味を持ち制作を続けている。
主な展覧会
「Domani・明日 展」国立新美術館(東京)
フォトフェスト2014/招待作家
ヒューストン美術館
ギャラリー・ヒポリテ(ヘルシンキ、フィンランド)
インディアナポリス美術館
ピクチュラ・ギャラリー(インディアナ、アメリカ)
ジョグジャカルタ・ビエンナーレ(インドネシア)
栃木県立美術館
ニコンサロン
現代ハイツギャラリー
中之条ビエンナーレ
小山市立車屋美術館
ギャラリー工房親
など。
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