用紙選びのヒント
写真を紙に印刷することで「プリント」という形ある物になります。パソコンのモニターに表示されている画像とは違い、実際に手に触れられるなど存在感が増します。絵画を描くときに欠かせない紙やキャンバスなどのようなもので、用紙が変われば写真の印象も変わります。その質感によってプリントの表情が変化するなど、撮影のときに光を選んだり、画像処理で色や階調を調整するのと同じくらい、用紙選びは写真表現において大切な要素なのです。
いつも使っている用紙で良いので、まずは1枚印刷してみましょう。そしてもう1枚、それとは異なるタイプの用紙で印刷します。用紙選びで大切なのは比較することです。2枚のプリントの違いを探すことで、好みや目的に合った用紙や見せ方の方向性が見えてきます。最初は光沢系とマット系で試してみて、光沢系が良ければ次は光沢と半光沢、半光沢が良ければラスターと絹目調といった具合に、比較と選択を繰り返しながら用紙を絞り込んでいきます。
写真によって用紙選びの基準が違います。お気に入りの用紙は仕上がりが読めるなど安心感はありますが、未経験の用紙を使うことでより魅力的に仕上げられるなど新しい発見が生まれます。写真と用紙の相性を探ることでプリント表現の引き出しが増えて、撮影や画像処理のレベルアップにも効果的です。以下の5つのチェックポイントを参考に、写真がより印象的に見える用紙選びを実践してみましょう。
①基材
「基材」とはインクジェット用紙で使われているベースの紙のことです。基材や施されているコーティングによって手触りなどプリントの質感が違います。印画紙タイプは紙を樹脂でラミネートしたレジンコート紙です。表面と裏面はしっかりコーティングされていて耐久性に優れています。平滑性が高く、反りなども少なく取り扱いやすいのが特徴です。
上質紙タイプの「上質紙」とは化学パルプ配合率が100%の洋紙のことで、主に商用印刷で使われています。広告や雑誌などのほか、厚手のものは名刺やはがきにも用いられています。
アート紙タイプの基材はコットンなどが使われている画材紙で、上質紙より高品位です。上質紙タイプとアート紙タイプのどちらも紙の風合いがあるのが特徴です。
用紙によって厚さや重さが異なります。「紙厚」の単位は「mm」または「μm」です。印画紙タイプの多くは0.2〜0.3mmです。「キヤノン普通紙・ホワイト」は0.092mmと薄く、「プレミアムファインアート・ラフ」は0.540mmとかなり厚めです。重さは「坪量」(つぼりょう)といい、単位は「g/㎡」です。これは1㎡あたりの紙の重さのことです。印画紙タイプの多くは200〜300g/㎡です。「キヤノン普通紙・ビジネス」は70g/㎡と軽く、「キヤノン写真用紙・光沢 プロ [プラチナグレード]」は300g/㎡と重めです。
用紙が重くなればそのぶん厚みが増す傾向ですが、重く硬くコシのあるものばかりではなく、軽くて柔らかくしなやかな厚手の用紙もあります。印画紙タイプは上トレイからの自動給紙に基本的に対応していますが、アート紙タイプの多くは厚さや重さがあるため、手差しトレイからの手差し給紙のみとなっています。
②面質
手触りではなく視覚的な質感という点では、基材より面質のほうがプリントの印象を左右します。光を当てたりいろいろな角度からプリントの表情を観察したりしてみましょう。写真と面質の相性は絵柄やプリントの大きさなどによって違ってくるので、本番サイズで判断するのがベストです。
光沢紙はツヤがあり、平滑性が高いため写真のシャープさやクリアさが際立って目を引きます。しかし絵柄によっては窓からの外光や室内照明の映り込みで写真が見づらくなったり、光の反射が目障りに感じられたりすることもあります。プリントサイズが大きくなるほど影響しやすい傾向です。ツヤは薄れてしまいますが、半光沢紙のほうが映り込みや反射が軽減されます。光沢紙より指紋が目立ちにくいなど無難な選択ともいえますが、微光沢、微粒面、絹目調など半光沢紙にもいろいろな面質があり、光の反射で印刷面がギラついたり、微細な凹凸で写真の細部が見づらくなったりすることもあります。写真との相性や見せ方を考えて判断すると良いでしょう。
マット系の用紙はツヤがない無光沢なので、室内照明など光の反射や映り込みを気にする必要は基本的にありません。印刷面が滑らかなスムースは落ち着いた仕上がりになり、より平滑性の高いウルトラスムースという選択もあります。スムースは優しく、テクスチャーは荒々しい印象です。平面的な光の条件では両者の違いはあまり感じられませんが、立体的な光を当てるとテクスチャーの表情は大きく変わります。被写体の立体感や風景の奥行きが強調されるほか、テクスチャーの凹凸による陰影がハイライトの白飛びを補うような効果も期待できます。個性的なプリント表現が可能ですが、細かい絵柄はテクスチャーに埋もれて見づらくなりがちです。しかし、サイズが大きくなるほど気にならなくなる傾向にあります。
③紙色
「紙色」とは紙の色のことです。「紙白」と呼ぶこともありますが、インクジェット用紙の色は基本的に「白」です。しかし用紙の白さは同じではなく微妙に違います。青みがかった白から黄みがかった白まで用紙によってさまざまです。青みがかった白は涼しげで、黄みがかった色は温かみが感じられます。印画紙タイプは青っぽい白、アート紙タイプは黄みっぽい白が多い傾向ですが、どちらもニュートラルな白さの用紙もあります。
シャドウとは影の部分や陰影のことで、画像の中の暗い階調の領域でもあります。シャドウの中で特に暗い部分、または階調の存在しない完全に真っ黒な状態のことを「ディープシャドウ」と呼んでいます。その黒さは、インクジェットプリントではブラックインクの濃度で決まります。顔料プリンターのPRO-G1はフォトブラックインク(PBK)とマットブラックインク(MBK)を切り換えるため、用紙との相性もありますが、光沢系とマット系では黒の印象が微妙に違います。
ハイライトとは明るく見える部分や白い部分のことで、画像の中で明るい階調の領域でもあります。ハイライトの中でも一番明るい最高輝度部を「ハイエストライト」といいます。インクジェットプリンターにホワイトインクは搭載されていないので、白飛びしている部分にはインクはほとんど吹き付けられません。用紙の紙色がハイエストライトということになります。そのため絵柄によって度合いは違いますが、印刷した写真の色あいに少なからず影響します。
プリントの余白は広めのほうが紙色が目に入りやすくなりますが、カラー写真とモノクロ写真でも用紙選びの判断は違ってきます。カラーは写真の色によって紙色の影響は気になりにくかったり、ホワイトバランスで見え方を微調整できたりします。モノクロ写真は基本的に無彩色であるため紙色が影響しやすい傾向です。青っぽい紙色は冷黒調(クールトーン)、黄みっぽい紙色は温黒調(ウォームトーン)のモノクロプリントに仕上げるときに効果的です。
使用プリンター:PRO-S1
用紙の白さの度合いを光の反射率で表した指標が「白色度」です。単位は「%」で、用紙のパッケージなどに「ISO白色度」または「白色度」として記載されています。キヤノン純正紙では「キヤノン写真用紙・光沢 プロ [プラチナグレード]」は98%と高く、「キヤノン写真用紙・微粒面光沢 ラスター」と「プレミアムファインアート・スムース」は92%となっています。紙色がニュートラルな白さであっても、明るめの白や暗めの白など用紙によって明度は異なります。白色度が高いほうがハイライトが際立ち透明感が出せるほか、用紙の白とインクの黒によるダイナミックレンジの広さで立体感やコントラストを高められます。なお、一般に用紙は白く見せるために蛍光増白剤を使用していますが、プリントの保存性に影響を及ぼす可能性があります。そのためアート紙タイプの多くは蛍光増白剤を使用していません。
RAW現像やフォトレタッチといった画像処理では、プリントで仕上げる場合に紙色を計算に入れた調整が必要になります。Digital Photo Professional、Adobe PhotoshopやAdobe Photoshop Lightroom Classicといったカラーマネジメント対応ソフトには「ソフト校正」(ソフトプルーフ)機能が搭載されています。紙色を含めた印刷結果をそれらの画像処理ソフト上でシミュレーションできるので、色や階調などをパソコンのモニター表示で確認しながら調整を進めることができます。Professional Print & Layoutではソフトプルーフに加え、パターン印刷機能を利用するとさらに効果的です。
④色再現
使用プリンター:PRO-S1
- キヤノン写真用紙・
光沢 プロ
[プラチナグレード]
- キヤノン写真用紙・
微粒面光沢 ラスター
- キヤノン写真用紙・
プレミアムマット
一般に光沢系の用紙のほうが色域が広めであるなど鮮やかな発色が得られる傾向です。光沢紙は平滑性が高くツヤがあり、コントラストや彩度が高めの写真を鮮烈に見せたいときに有利です。半光沢紙もコントラストや彩度をしっかり再現できますが、光沢が控えめなぶん少し落ち着いた見え方になります。
同じ用紙でもPRO-G1とPRO-S1では少し印象が違います。特に光沢紙は染料プリンターのPRO-S1のほうが色鮮やかな写真に強い傾向です。マット系は顔料プリンターのPRO-G1のほうが相性が良いのですが、どちらも高彩度の部分は色や階調が破綻しやすいので用紙選びでは注意が必要です。
一般的なマット紙は、光沢紙や半光沢紙より発色は控えめの傾向です。もの足りないからとコントラストや彩度を高めにすると階調が損なわれたり色がつぶれたりします。マット系でもファインアート紙のほうが色や階調の再現性に優れていて、高価ですが紙の風合いを活かしながら満足度の高いプリントに仕上げられます。カラーマネジメント対応の画像処理ソフトでは、ソフトプルーフ(ソフト校正)機能を利用すると良いでしょう。印刷で色域からはみ出る部分を確認しながら調整が進められます。
プリントで思うような色が得られないときは、Professional Print & Layoutの[色設定]シートで[カラーバランス]を調整したり、パターン印刷機能でイメージに近い補正値を見つけ出したりするのも近道です。特定の部分のパターンを見たい場合は、トリミングしてパターン印刷を行うと効果的です。その部分を拡大した状態で色あいなどを確認することができます。
⑤階調再現
使用プリンター:PRO-S1
- キヤノン写真用紙・
光沢 プロ
[プラチナグレード]
- キヤノン写真用紙・
微粒面光沢 ラスター
- キヤノン写真用紙・
プレミアムマット
明瞭な感じに仕上げたいのか、柔らかな雰囲気で見せたいのかなど、まずはプリントの方向性を決めましょう。そのあたりは用紙によっても変わるため、使う用紙が決まる前に画像処理で絵を作り込み過ぎないこともプリント表現では大切です。プリントでは階調に目を向けることで不自然な画像処理を防げるようになります。全体のコントラストだけでなく、ハイライト、中間調、シャドウ、それぞれの階調の出方なども観察しましょう。立体感や質感などの再現性もポイントです。得手不得手を見極めながら用紙を選び、苦手な要素やもの足りない部分などを画像処理でカバーできるかどうかの判断も必要です。
光沢系のほうが白色度の高い用紙が多く、ハイライトが際立ち、シャドウも引き締めやすいです。そのぶんダイナミックレンジは広めで、明暗や濃淡の差が大きいなどコントラストが高めの写真にも対応しやすくなります。反対に高コントラストの写真は、マット系だと階調が十分に再現されにくい傾向です。染料プリンターは濃度の高い部分はインクがにじむなどつぶれやすいため注意が必要です。ちなみに顔料インクは速乾性がありますが、マット系では、印刷直後はシャドウがつぶれて見えても、時間が経つと少しディテールが出てくることがあります。
どのような用紙でも得手不得手があり、同じ用紙でも写真によって判断が異なります。ある写真で選ばなかった用紙が、ほかの写真では最適となるケースは少なくありません。前に使ったときの評価は、次の用紙選びではリセットしたほうが良いでしょう。写真の魅力を引き出せるような相性の良い用紙を1枚1枚見つけ出すのです。
過度な画像処理を行うと画質が劣化したり不自然な部分ができたりして、それらはパソコンのモニター表示よりプリントのほうが目に付きやすい傾向です。その点、Professional Print & Layoutの[色設定]シートでの調整は印刷結果に反映されるだけで、元の画像データには何も手を加えません。画質劣化の心配がないので、印刷してもの足りない部分があればこの機能で調整すると良いでしょう。