銭湯があるまちに息づく「地域の記憶」を未来へEOS R6 Mark II×せんとうとまち(東京都)
公開日:2024年7月5日
仕事や趣味、遊びのボーダーを軽やかに飛び越え、人生を愛(いと)しむ人を紹介する「itoshino」。この企画では、全国各地で「好き」をかたちにしている人のもとへitoshino編集部が訪問。その活動やライフスタイルをお伝えします。
今回登場するのは、一般社団法人「せんとうとまち」の代表理事・栗生はるかさん。昔はどのまちにもあった銭湯は、ライフスタイルの変化などにより姿を消しつつあります。栗生さんは、庶民の暮らしと文化を育んできた「銭湯」の価値を掘り起こし、その存在意義を発信しています。
そんな栗生さんを訪ねて、フォトグラファー・柳原美咲さんと下町風情が色濃く残る東京・北区に出かけました。EOS R6 Mark IIで撮り下ろした写真・動画とともにご覧ください。
プロフィール
一般社団法人せんとうとまち代表理事。早稲田大学理工学部建築学科卒業。イタリアのヴェネツィアへ留学し、都市計画学を学ぶ。制作会社勤務を経て、大学で建築教育に従事。都市空間とコミュニティについて研究し、地域の魅力を発信すると共に、銭湯と周辺地域の再生活動を展開している。
世界遺産級の価値が認められた歴史ある銭湯の〈再生〉
ここは東京都北区・滝野川。このまちの一角に、寺社を思わせる立派な外観の銭湯「滝野川稲荷湯(以下稲荷湯)」があります。暖簾をくぐり、番台で湯銭を払い、天井が高く広々とした脱衣所へ。鯉が泳ぐ坪庭に驚きつつ浴室に進むと、天窓から陽光が差し、富士山のペンキ絵が出迎えてくれます。「ザ・銭湯」というべき雰囲気がたまりません!
せんとうとまちの栗生さんは、この歴史的建造物の価値に着目。2017年、修復・再生に向けて動き出しました。
一般社団法人「せんとうとまち」副代表理事のサム・ホールデンさん、代表理事の栗生はるかさん、事務局の福井彩香さん。
江戸の昔から暮らしに欠かせなかった銭湯ですが、各家庭に風呂のある生活が当たり前になり、徐々にまちから姿を消していきました。戦後の最盛期には都内に2700軒近い銭湯があったそうですが、いまや400軒台にまで減少。建物の老朽化、後継者問題、燃料費の高騰などの問題がからんで、廃業を選ぶしかない現実があるのだとか。
栗生さんたちは、せんとうとまちの活動を通じて、銭湯の社会・文化的価値を掘り起こし、銭湯と銭湯のあるまちを〈再生〉しようと取り組んでいます。そのひとつのモデルケースが、2017年にスタートした「稲荷湯修復再生プロジェクト」なのです。
稲荷湯の5代目女将・土本公子さんと栗生さん。土本さんは物心ついたころから家業を手伝い、稲荷湯を継ぐことに何の疑問も感じずに育ったそうです。
「祖父はどこに行っても幼い私のことを『後継ぎです』と言っていました。いま思えば英才教育ですね」と土本さんは笑います。
そう遠くない将来、息子さん(6代目)が経営を継承する意思を表明していて、まだ幼いお孫さんは「7代目」として期待されているのだとか。うれしそうな5代目です!
大学と大学院で建築を学んだ栗生さんは、まず稲荷湯の建造物の価値に着目しました。地域に愛され現役の銭湯として存続している稲荷湯を長く守るために、国の登録有形文化財への申請を土本さんに提案。文化庁への申請手続きをサポートし、2019年に認定されます(東京都内の銭湯としては2軒目)。
並行して進めていた、世界中の文化遺産の保護・保存活動を行うワールド・モニュメント財団(WMF)への申請も通り、2019年10月、稲荷湯が文化遺産ウォッチ(緊急に保存・修復などの措置が求められている文化遺産)のリストに選定されました。このとき世界中の250件から25件に選ばれ、ノートルダム大聖堂やマチュピチュの文化的景観と肩を並べる快挙! WMFを通して得た支援金を建物の修復にあてることができました。
このまちで生まれ、稲荷湯で産湯を使い、毎日のように通い、この地で亡くなる方も少なくないそうです。まさに銭湯は、地域の縁を取り結ぶ〈場〉として機能しているのです。こんな場所をなくすことなく、未来に受け継ぎたい。栗生さんたちの銭湯再生プロジェクトにはそういった思いがあります。
「銭湯は地域の縮図。連綿と続く〈地域の記憶〉が刻まれている場所です。都市開発の波に押し流され消えてしまうと、二度と取り戻すことはできません。その魅力は建物よりも、やっぱり人。そのまちで暮らす人たちをつなげる銭湯という〈場〉をいい形で次世代に受け渡したい」と語る栗生さん。
銭湯があるまちの価値に気づいてほしい。自分が暮らすまちを足元から見つめ直す気持ちを少しでも多くの人に持ってもらいたい。栗生さんたちの活動は続きます。
地域コミュニティを復活させる実験場「稲荷湯長屋」
稲荷湯に隣接する築100年超の二軒長屋。映画のセットを思わせる日本家屋は、かつて稲荷湯の従業員が住んでいた建物です。長く放置され、物置同然で朽ちるのを待つばかりでしたが、稲荷湯とともに登録有形文化財に認定され、WMFの資金でリノベーションを敢行。「稲荷湯長屋」としてよみがえりました。
銭湯が持つ地域のコミュニティの場としての役割を果たす空間が、稲荷湯に隣接している稲荷湯長屋です。銭湯から広がる新しい可能性の一つ。風呂上がりの憩いのスペースとして利用できるほか、古民家カフェ風の親しみやすい雰囲気なので、まち歩きの人たちが暖簾をくぐって自由に出入りしています。期間限定カフェや物品の販売、DJイベントの開催など、このスペースを気に入った人たちから企画が寄せられ、地域に新しい風を呼び込んでいます。
稲荷湯長屋を訪ねたら、ぜひ土間と座敷の境目の天井付近を見上げてみて! 稲藁で編まれた竹木舞(たけこまい)=土壁の下地に使う細い竹と、いまや稀少技術となった伝統工法による土壁なのです。土壁は、長野県の土壁製造所で買い付けた土を泥のプールで熟成させ、3回に分けて塗ったもの。再生させた長屋の文化財としての価値を高めています。
ある休日の昼下がりの稲荷湯長屋。銭湯めぐりを楽しむ3人組が、風呂上がりにソフトドリンクで乾杯していました。「いい銭湯があるから」と、友だちを連れて稲荷湯で入浴した帰りだそうです。
せんとうとまちが発行する広報紙「せんとうとまち新聞」。栗生さんたちの取材を通して掘り起こされた地域の記憶と魅力が、記事にまとめられているフリーペーパーです。北区との協働事業で現役銭湯全23軒をめぐります。
銭湯が本業だけで経営を成り立たせるのは厳しい状況。でも、稲荷湯長屋のように、まずはゆる〜く地域とつながれる場所は、銭湯と接点のなかった若い世代や、引っ越してきたばかりの若いファミリー層に、銭湯のあるまちの魅力を伝える拠点になりそうです。
「ここにふらっと遊びに来て、銭湯にも行ってみようかなと思ってもらえたら、銭湯の利用者を増やすきっかけになります。面白そうだから何かやってみたい。そんな地域の方々の自主的なイベントで、徐々に回り始めています。いまは私たちが管理していますが、将来的にはまちの方々に引き継いでいきたいですね」(栗生さん)。
古きよき、懐かしき銭湯、田端銀座「松の湯」
地域に愛される銭湯とまちを維持・再生する栗生さんたちの活動は広がりを見せ、北区にあるほかの銭湯、まちへと水平展開しています。せんとうとまちで応援している北区・田端銀座商店街の「松の湯」を訪ねました。こちらもなかなか、いい雰囲気!
「松の湯」2代目社長・村上礼隆(のりたか)さんと、実姉・志田麗子さん。先代のお父様といっしょに松の湯の仕事に従事していた礼隆さんですが、2020年、元気だったお父様が病に倒れてしまいます。礼隆さんは、ボイラーや機器の扱い、清掃方法などの経営ノウハウを病室で聞き取りました。
「ほどなくして父は亡くなりましたが、残してくれた音声データを頼りに、どうにか運営も軌道に乗りました。姉と2人のパートさんに手伝ってもらいながら営業を続けています」(村上礼隆さん)。
地域に愛される松の湯。場所はJR駒込駅と田端駅のちょうど中間地点の田端銀座商店街の一角にある、昭和感いっぱいの雑居ビル(1972年竣工)です。
「えっ、こんなところに銭湯?」という雰囲気ですが、階段を上がると2階には、広々とした銭湯が現れます。
15時の営業開始時間の15分程前には、入り口前のベンチに常連客の姿が(早い!)。家に風呂があっても、銭湯に足を運び、顔見知りとの世間話に花を咲かせています。
「私が子どものころは、この界隈にいくつも銭湯がありましたが、いまやうちが最後の一軒です。これからも地元商店街と協力して、下町情緒あふれる銭湯を残していきたいです」(村上さん)。
松の湯のすぐ近く、田端銀座商店街の名物パン屋さん「パンのかわむら」。川村富士雄さんと裕(ゆたか)さんの兄弟で営む、創業から半世紀以上のパン屋さんです。店の外に並べられた焼きたて食パンは、都内の有名喫茶店などに卸している人気商品。川村さんも松の湯の常連さんで、週に1度は通っているそうです。
外国人のお客さんが増え始めたのも、最近の傾向だそうです。昔ながらの日本文化を肌で知ることができる機会として、銭湯の価値が見直される時期も近いのかもしれません。
「懐かしいノスタルジーとして語られがちな銭湯ですが、現代の地域社会にこそ必要なものであり、未来への可能性も秘めています。新しい切り口で銭湯が語られるように、一つ一つの事例を積み上げていきたいですね」(栗生さん)
EOS R6 Mark IIで切りとる旅の終わりに。
全国の温泉地や銭湯を訪ねて作品づくりに取り組んでいます。温泉や風呂場は暗い場所が多いので、EOS R6 Mark IIの手ブレ補正機構には、いつも助けられています。限られた時間に多くのカットを撮る必要がある場面では、三脚をセットしている余裕がありません。今回うかがった滝野川稲荷湯の夕闇のシーンも、手持ちでラクに撮れました。
EOS R6 Mark II とRFレンズの組み合わせなら、カメラのボディ内手ブレ補正とレンズの光学手ブレ補正の協調によって、大きな手ブレ補正効果が得られます。技術の進化の恩恵を受けていますね。
EOS R6 Mark IIは動画の機能も優秀。従来の120Pはもちろん、フルHD/180Pハイフレームレート動画での記録ができます。高画質で再生時1/6倍速のスロー効果の動画作品が撮れるのです。今回の作品では、ジャグジー風呂のように湧くお湯を撮影しました。肉眼では認識できない、激しい水の動きがスローで捉えられて、面白い仕上がりになりました。
日常のシーンで、これほど気軽に本格的な動画を楽しめるカメラなかなかないですね。これからも私のよき相棒になってくれそうです。
写真家プロフィール
柳原美咲(やなぎはら・みさき)
1991年、群馬県生まれ。日本写真芸術専門学校を卒業後、写真家・公文健太郎氏に師事。公文氏が主宰する共同事務所COO PHOTO(クー・フォト)に所属し、東京を拠点に各地を旅しながら作品を制作している。2022年、全国の温泉地を訪れ日本人と湯のある日常を記録した写真集『ゆ場』(青冬社)を出版。同年、キヤノンギャラリー銀座・大阪にて写真展「ゆ場」を開催。
今回の取材でご協力いただいた銭湯
滝野川稲荷湯
東京都北区滝野川6-27-14
JR埼京線「板橋駅」、都営三田線「西巣鴨駅」徒歩6分
15:00〜24:30 定休:水曜(月1回連休あり)
松の湯
東京都北区田端4-3-9
JR山手線「駒込駅」から徒歩6 分
営業時間15:00〜23:30 定休:月・木曜
「作品レベル」の街スナップを撮るなら
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手持ち撮影に強い「EOS R6 mark II」
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