鉄道アーティスト小倉沙耶さんと巡る、華麗なる気動車、貨車の世界!
公開日:2023年12月11日
撮っても、乗っても、眺めてもよし。それに加えて、大の気動車(ディーゼルエンジンを動力源とする客車)好きという鉄道アーティストの小倉さんは、走行中のエンジンの振動を体全体で楽しむだけではなく、音を収録し子守唄がわりに聞くこともあるのだとか! エネルギッシュな彼女は止まることを知らず、冬の北海道で4泊5日、車中泊で廃線間際の列車撮影に向かったことも……。飽くなき追求心、過酷なスケジュールも乗りこなす無限の行動力! その根源にあるのは鉄道への愛。その魅力、たんと教えていただきました。
プロフィール
鉄道アーティスト。幼少より「寝台特急さくら号」に何度も乗車し、鉄道のもつ旅情に惚れ込む。都市交通政策技術者、明知鉄道観光大使、鉄道コンテナアドバイザーなどさまざまな角度から鉄道に関わる。
鉄道アーティストを支える三要素こと気動車、貨車、古レール
「鉄道趣味は間口が広く、奥行きも広い!」
と、私はよく言っています。ベクトルが本当にさまざまで、いろんな楽しみ方があって、誰も、何も否定することはできません。
バラエティに富むその内容は、乗り鉄、撮り鉄などポピュラーなところから、車両に使われている雨樋(あまどい)の形について研究している人まで! まさに鉄道愛好家の数だけ鉄道の楽しみ方があると言えそうです。
そんな私が愛してやまない三本柱が気動車、貨車、古レール。気動車は趣味として大好きで、貨車はまるでアイドルのような存在。古レールは生涯の研究対象として興味は尽きません!
そもそもにおいて私を鉄道の世界に招き入れてくれたのは母でした。彼女はライトな乗り鉄。長崎に実家のある彼女と帰省するときは、最寄り駅である豊橋駅にも停車する「寝台特急さくら号」一択でした。豊橋に住んでいるのも、この列車に乗って里帰りできることが理由として大きかったようです。
列車に乗っている最中ってビュンビュンと車窓の風景が変わっていくのを眺めているのがいいんですよ! ただ座っているだけでエンターテインメント状態。乗っている限りそれをずっと楽しめる。よく考えるとすごいことだと思うんですよね。
だから話はちょっと脱線しますが、すこしでも長く鉄道に乗り続けるためにインターバルをできる限り空けずに始発から終車まで乗り換え続けられると、ものすっごい充実感がありますね。一分一秒たりとも無駄にせず、できるだけ長く乗っていられるって。その乗り換えが過酷であればあるほど燃えます(もちろんバタバタして人様にご迷惑をおかけするようなことはしませんが……)。
話は戻って、「寝台特急さくら号」について。残念ながら「寝台特急さくら号」は2005年に運行を終了してしまいました。幼心に鉄道に乗る楽しみを教えてくれたこの特急とのサヨナラは込み上げるものがありましたが、私はその当時住んでいた大阪から、母は豊橋から、それぞれ別の場所で、同じ列車を見送っていたと後で聞き、そこにもロマンがあるなとしみじみ感じ入ったものです。
鉄道好きに拍車をかけた、貨車の存在
私の人生が転換する大きなきっかけとなったのが高校時代。在籍した学科では毒物劇物取扱者と危険物取扱者の資格取得を推奨されていたことから、いろんな物品を積んで街を行き交うタンクローリーが気になるようになりました。最大積載量がいくつだとか、中身はなにかとか。
その頃にちょうど、近所の本屋さんでたまたまタンク車がいっぱい載っている鉄道雑誌との出会いが重なります。それを見て「なんて可愛いの!」と。もともと鉄道に興味があったことと、タンクが気になっていたことが合体して、あっという間にタンク車好きが完成(笑)。
それまで、どちらかというと鉄道車両はメカメカしいもののイメージでした。ところがタンク車は台車の上にころんとかわいい、まるっこいものが載っている。そこからですね。タンク車、ひいては貨車をはじめとする鉄道好きの沼にはまっていったのは。
足繁くというには遠すぎる距離にある、岐阜県の神岡鉄道神岡線(現在は廃線)へと、ほんのひととき貨車を見にいくために、はるばる旅にでることもありました。その当時、私は東海3県を出てはいけないと母から釘を刺されていたんですが、少しだけその言いつけもやぶって富山県を経由して(笑)。
濃硫酸の輸送を行うタンク車がゴロゴロ停まっている神岡鉱山前駅で、ホームからぼーっと眺めて、その風景を味わうのが好きでした。駅員さんからは「何が楽しいのかな……」と不思議がられましたけれども(笑)。
基本的に貨車って触れないし、乗ることができないんですよね。だから、見ているだけ。手に届かないから憧れ続ける、恋愛小説のようなロマンを感じます。
北海道に、憧れの列車を求めて
かつて北海道の根室本線には、日本一乗車時間の長い、2429D(列車番号)という普通列車が走っていました。滝川駅を早朝9時37分に出発し、釧路駅に18時03分に到着するこの列車では、半日以上同じ車両に、しかも気動車に乗られるとあって夢みたいな時間を過ごさせていただきました。途中には新得という蕎麦の産地で有名な駅があって、構内には立ち食いそばのお店も。持ち帰り容器に入れてもらったおそばを列車に持ち込んで食べたのも、良い思い出です。
でも乗った次の年にはダイヤ改正で時刻が変わって運行時間が短くなったり、その後災害で走行区間の一部が不通となってしまいました。悔しくも復旧も断念されてしまい、もう二度と乗ることが叶いません。
だから明日乗ろう、来年乗ろうでは遅いんです。いつでも乗れると思っても日本は特に災害王国ですから明日どうなるかわからない。乗れるならばいつでもすぐに乗るべきだなと強く思います。
同じく北海道・釧路で石炭輸送を行っていた「太平洋石炭販売輸送臨港線」は2019年に廃線に。過去3回訪問し3回とも見事に出会うことができませんでした。
廃線のニュースを聞きつけたときは、居ても立ってもいられなかったことを覚えています。一眼レフカメラをリュックに詰め込み、臨港線に4泊5日すべて費やす心づもりで、いざ北海道へ。北海道の朝は早いもの。睡眠時間は3、4時間ほどで、早朝4時ごろには眩しい太陽の光で目を覚まし、起きている間はずっと釧路周辺でカメラを構えていました。走るであろう時刻には、必ず臨港線の沿線で待機。いかんせん貨物列車の特性上、運搬するものがなければ運休することも多く、走るのかどうかもわかりませんでしたから。
極寒の地、北海道釧路の冬の寒さに耐えながらようやく撮影できたときの感動はひとしおでしたね。過酷でしたけれどもその達成感たるや!
けれどもその一枚を撮るだけでは足らず、同じ列車を先回りして撮りたくなったりして。「次、どこで打ちますか?(撮り鉄特有の「写真を撮る」の表現)」と周りの、そこで出会ったはじめましての撮り鉄の方々と情報交換をしながら次の撮影スポットまで移動していきます。
今はTwitterだなんだってありますが、やっぱり地元の方やプロフェッショナルの情報網はすごいですよ。今日本当に来るかどうかわからないものを待ち受けるわけですから。
それで撮影した写真もメモリアルなものですが、そのあと別の貨物列車を撮りにいったものが、自分のなかでかなりいい画が撮れたなと思います。それは不幸中の幸いというかまぐれショットなんですが、機関車が豪雪の中の北海道を猛スピードで走り抜ける迫力抜群の一枚なんです。オートフォーカスだと、雪でピントが合わなくなる可能性があるので、いわゆる置きピンという、マニュアルでピントを決めて、走ってくる列車を迎え打とうとしていたんですが、いかんせん初めての場所だったので画角がなかなか合わなくて。
瞬間的に、「あっしまった!」と思ったんですが、逆に、思った以上に迫力のある画が撮れて。しかも、先頭を走る機関車がトップナンバーという、試作機を除いて一番初めに作られた車両だったんです。撮影した写真の確認時にズームをかけて、思わず興奮してしまいました。
すごく細かいことですが、鉄道車両の先頭車の多くには排障装置という、線路上の障害物をはねのけて、車体下に巻き込まないための部位があるんですよ。足回りを隠すのでスカートとも呼ばれます。で、この時撮ったDF200という形式の機関車の初期ナンバーは、その部分が赤いんです。その部分が白い雪がばーっと舞う中に赤色で映える。それはもう「くう~~~」って(笑)。
今でも見返しては何回も悶える写真ですね。過酷な状況に耐えて撮影して、本当によかったと。
体で感じる気動車の迫力
鉄道は私にとって生涯ともにある存在ですね。おばあちゃんになって、あちこち出かけたりすることができなくなっても、たとえば古レールの刻印について資料で調べることができますし。
でもだからこそいまのうちに、大好きな気動車のエンジンを全身で感じておきたいと思っています。気動車に乗るときは基本的に、エンジンの真上の座席に乗って足の裏や耳など体全身でその振動と音を感じています。今では目を瞑っても、上り坂に差し掛かっているのか、惰性で走っているのかもわかるようになりました。エンジン音で、列車がどういう状態にあるのかわかるのって非常に魅力的なことです。
特に、千葉県を走る小湊鐡道の気動車のエンジンはDMH17という古い形式で、他ではもうほとんど見られないものなんです。アイドリング時のカラカラカラという軽やかな音が特徴で、録音して、その音源を家に帰ってから聞いています。心地よさがあって、子守唄にぴったりなんですよ。
そんな風に、実にさまざまな角度から鉄道は愛せるもの。付き合い方は年代やライフステージによっても変わっていくと思いますし、いまは息子と二人でどういう風に鉄道趣味を楽しんでいこうかとワクワクしています。鉄道ってどんな形でも寄り添える、愛しいものだなとすごく思いますね。
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