人の温もりと懐かしさを感じる消しゴムはんこを作る手間とこだわり
公開日:2022年9月2日
最終更新日:2022年9月26日
消しゴムはんこといえば、小学生の図画工作などで扱われるような身近で簡単な工作道具のひとつだと思う方もいるかもしれません。けれども消しゴムはんこ作家のericさんのお話を聞くと、彼女が理想とする「懐かしさ」「あたたかさ」「手作り感」を求めて、人から見れば面倒にも感じられる手間と労力を惜しみなくかけた表現技術のひとつになり得ることに気付かされます。映画や散歩中に見かけるお店の看板、喫茶店や雑貨屋のディスプレイなどのさりげないこだわりからもインスピレーションを受け取るという彼女のこだわりについてお届けします。
プロフィール
消しゴムはんこ作家、イラストレーター。机の引き出しをひっくり返したような、小さなもので溢れたワクワクするような世界と、どこか懐かしさを感じるモチーフを消しゴムはんこを使って表現、活動中。
手間とこだわりをかけて作る消しゴムはんこ
消しゴムはんこの魅力について、個人的には、手作り感のあるアナログな風合いと、細かく彫ることで繊細な線が表現できるところにあると思っています。はんこを押すごとにインクの濃淡が違ったり、かすれてしまったり、ずれてしまったり。同じものが量産されるのではなく、偶然によっていろんな表情が生まれる面白さ。その一期一会があるからこそ、消しゴムはんこを作り続けてきたこの15年間飽きることなく、楽しんでいられるのかもしれません。
私はいつも、デジタルとアナログを何度も行き来しながら消しゴムはんこを作っています。ときどき自分でも作業に没頭してしまったが故に「何をやっているんだろう……?」とわけがわからなくなるほど細かく、人によっては、「そこまでしなくてもいいんじゃない?」と思われるような工程を重ねていますが、自分の目指すあたたかみのあるラインを生み出すためには、これらの積み重ねこそが大事な工程だと思っています。
まずはiPadでイラストを描くところから。かつてはノートに下書きしていましたが、自然とデジタルへ移行しました。というのも私の消しゴムはんこのデザインはひとつのモチーフだけではなくいくつもの小さなモチーフを集合させるところに特徴がありますので配置が重要な鍵を握り、1ミリの違いでさえ仕上がりの気持ちよさを大きく左右するからです。パッと見ただけではそこまでの違いはわからないかもしれませんが、自分にとってしっくりくるベストバランスを常に意識して描いています。
この「整える」作業は、パズルゲームのテトリスで得る感覚にとても近いように思います。隙間や余白、線のバランスを然るべきところにきちんと置く。ちゃんとそれができると、一種の達成感のようなものが生まれます。
そこで完成した図案を紙にプリントアウトし、消しゴムはんこ専用の消しゴム版に転写、彫っていきます。細い線はデザインナイフで、余白の部分は丸刀を使い分けて彫り進めます。頭を空っぽにして、彫ることだけに向き合う作業は一種の瞑想というか、ゾーン状態のよう。あまりにも集中して作業していたために気づいたら2時間経っていたことも。何も考えずに無心でいられる時間って大事ですよね。
最初から最後までデジタル作業であれば作業も早いし効率もよいとわかっていますが、一度アナログを通すことでしか出せない表現があると思うんです。iPadで描くイラストにしても、はんこっぽいテクスチャーツールが探せばありますが、それをしてしまうと、私が今までやってきたことの意味みたいなものを失われてしまうような気がするんです。
そうして彫り終えたら消しゴムはんこを押した原稿をスキャンして、もう一度デジタルの作業へ。彫り込んだ線と線の間にゴミが残っていたりしないかをチェックして、きれいに仕上げてから完成……と決して効率的とは言えない進め方です。
ですからこのデジタルとアナログを何度も往復する作業は譲れるものではありません。この作業から生まれる消しゴムはんこで描くイラストこそ、私の目指すものだと感じています。
小さい頃から大好きなものを消しゴムはんこに詰め込んで
消しゴムはんこを知ったのは、年賀状シーズンのこと。この時期になると画材店に並ぶ「消しゴムはんこが彫れるキット」を見つけて購入したのがきっかけです。
グラフィックデザインを専攻していた学生時代から、水彩絵の具やパステルなど本当にいろんな画材を探しては自分に合った表現方法を模索していて、ようやく出会えたのが消しゴムはんこでした。
先にお伝えした通り、柔らかい線の雰囲気やインクのじんわりと温かみのある質感など、消しゴムはんこにしか表現できない面白さにすっかりハマってしまいました。はんこのモチーフはいろんな文房具や雑貨を描くことが多いです。文房具は仕事道具でもありますし、自分のモチベーションを上げてくれる存在でもあり、好きが高じて文房具店で長く働いた経験もあるほど大好きなもの。
ですから自分がようやく見つけた表現方法で、文房具をモチーフとすることはとても自然なことでした。文房具がまとう懐かしさやアナログな感じは、消しゴムはんこの表現ととても相性が良いように思います。
万年筆ならば、インクを選んで、ペン先につけて、コンバーターへインクを吸入してからようやく文字が書ける。そんな手間がかかる分、愛着が湧くようなところもあって。普通の人から見たら異様に手間のかかる私の消しゴムはんこの作り方とも共通するところもあって(笑)、そこから生まれるアナログならではの温かさみたいなものを感じていただきたいのかもしれませんね。
作品をよく見ていただくと、いろんな文房具の中に、文房具とは関係のないものが紛れ込んでいることがあります。たとえばなにかのチケットや切手、木の実やボタンなど……。それは消しゴムはんこで表現した世界に存在する「誰か」を想像して、感じてほしいから。
私が表現する作品の中には、あまり人間が登場しません。けれども、映画や小説の中で描写されるように、持ち物や服装、住んでいる場所などから登場人物の人柄がなんとなく想像できるのと同じように、私が表現した消しゴムはんこの世界からも、なにかを想像してもらえたらいいなと思っているんです。
実際にはモチーフたちは何も語らないけれども、いくつかの文房具が並んでいるだけで、想像力が刺激され、その世界の奥行きが深まっていくような気がしませんか?
年賀状にも、インテリアピースにもなる消しゴムはんこ
今まで作ってきた作品の中で思い入れが一番強いのが、ハガキサイズの消しゴム版に、ちいさな文房具たちをたくさん詰め込んだ作品です。消しゴム版いっぱいにモチーフをぎゅっと詰め込みたいと思い、図案の描き始めはスムーズだったのですが、最後の方になるとバランスよくモチーフを描くのに少し苦労しました(笑)。
いろんなモチーフをたくさん描くときは、見ていて心地の良いバランスになるように意識しています。モチーフが重複するときは、白抜きにしたり黒ベタにしたりと工夫をし、思わずじっと見てしまうようなデザインに仕上げます。
けれども、今まで挑戦したことのない大きさの消しゴム版に彫ったこの時は、さすがに思い浮かぶ文房具のレパートリーが枯渇しまして、昔の文房具の雑誌や海外の文房具のデザインなどからもヒントを探しました。そうやってひたすらリサーチをして描き上げた分、下書きを終えた段階でもうすでに達成感がありました。「スタンプラリー全部集め終わったぞ!」みたいな。
それでもいざ彫り終えて、さあインクをつけるぞ! というときにも、やっぱりドキドキしましたね。完成段階ではまだ凸凹の線でしかなく、インクをのせるまでははっきりと絵柄が見えないので、まだ完成の実感は湧きません。
いざインクをつけてみる……すると、線が浮き上がりベタも視認できるようになります。はんこの世界が一気に色づいたようで、思わず「おおー!」と感動しました(笑)。時間をかけて作り出した世界が一気に目の前に広がる。この作品を作って、より消しゴムはんこの表現の幅が広がったように感じます。
このビッグサイズの消しゴムはんこはマスキングテープなどに商品化していただいたこともあり、思い入れは一層深いものに。それもあって、個展やイベントの時にも額縁に入れて展示しています。直接お客さまに感想をいただけるのもとても嬉しく、制作のモチベーションになります。
作品ははんこ本来の用途として紙に押して、季節のグリーティングカードやラッピング、ワークショップでは皆様に押して楽しんでいただくこともあります。年賀状にする際には、新年のめでたい気持ちを盛り上げるような華やかなインクを選んだり、贈る相手のイメージに合わせたインクの色を選んだり。ゆらぎのある線やまるみが、手作りの真心を私の代わりに届けてくれるんじゃないかなと思いますね。
消しゴムはんこの作品を撮影するときは、細かく彫った版面がきれいに映るポイントを探します。凹凸感がよりよく伝わる写真にするには、真上からではなく斜めからのアングルがベターなようです。
日常にあふれる色やモチーフをアイデアに変えて
こう考えてみると、消しゴムはんこのことを考えない日はあまりないように思います。仕事であることを差し置いても、いつでも「こんな表現はできるかな? このモチーフを組み合わせたらどうかな?」と考えていることが楽しくて。
文房具店や雑貨店などで出会う世界観のあるディスプレイも好きなもののひとつなんですが、うっとりと釘付けになりながらも考えているのは「消しゴムはんこの表現にどう活かせるか」ということ。
細部にまで至るディスプレイのこだわりを参考にしてみたり、思いがけないモチーフとモチーフの組み合わせを参考にしてみたり。やっぱり、見る側の想像が掻き立てられるような世界観に出会うと、創作意欲が刺激されて作品作りにより一層力が入ります。
もはや暮らしと一体になっているところがあるので、作品作りのアイデアを無意識に考えているところがあるのですが、あらためて言葉にするなら、月並みですが、私にとって切っても切り離せない存在だと言えます。
消しゴムはんこ作家として活動できることをとても嬉しく思いますし、これからもワクワクしてもらえるようなものづくりをしていきたいと思っています。
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