第4回(特別編)開発者に聞いた「F2.8 L IS シリーズ」のヒミツ
公開日:2019年10月25日
ラインアップを拡充しているRFレンズ。注目なのは広角・標準・望遠の大口径ズームレンズシリーズが顔をそろえる「F2.8 L ISシリーズ」の3本。既発売の広角ズーム「RF15-35mm F2.8 L IS USM」、標準ズーム「RF24-70mm F2.8 L IS USM」に加え、望遠ズーム「RF70-200mm F2.8 L IS USM」が続きます。
今回は、RFレンズの水先案内人である写真家・中西祐介さんが、キヤノンの光学技術研究所(栃木・宇都宮市)で開発陣への取材を敢行。「F2.8 L ISシリーズ」のインサイドストーリーを聞き出しました。
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座談会メンバー紹介(左から)
- 本間氏:RFレンズの電気回路設計担当
- 行田(ぎょうだ)氏:RF15-35mm F2.8 L IS USM の光学設計担当
- 中上(なかがみ)氏:メカトロニクス担当。絞り、フォーカス、ナノUSMなどの設計開発
- 中西祐介氏:フォトグラファー
- 畠田氏:RF24-70mm F2.8 L IS USM の光学設計担当
- 増喜(ますき)氏:RF24-70mm F2.8 L IS USM のメカ設計担当(チーフ)
- 山中氏:RFレンズの電気回路設計、ナノUSMの制御関係も担当。
- 加藤氏: RF15-35mm F2.8 L IS USM のメカ設計担当
開発当初から計画?F2.8 L ISシリーズに「手ブレ補正機構」搭載
中西:
「F2.8 L ISシリーズ」の3本で大きな注目を浴びたのは手ブレ補正機構(IS)の搭載でした。ISを入れてリニューアルをする。それは開発当初のコンセプトだったのですか?
畠田:
はい。このレンズシリーズのファーストプライオリティーがISの搭載でした。
中西:
今まで愛用してきたEFレンズの広角ズーム(EF16-35mm F2.8L III USM)と標準ズーム(EF24-70mm F2.8L II USM)はIS非搭載ですよね。ISを搭載するとレンズが大きくなるそうなので、IS付きでこの大きさに収めていることに驚きました。技術的にはRFレンズだからこそ実現できたのですか?
畠田:
私はEF24-70mm F2.8L II USM(2012年発売)の光学設計も担当していました。当時から、お客さまから「ISが欲しい」という声はいただいていたんです。
もちろん光学設計者としてトライしました。なんとか設計はできたのですが、メカ担当にパスを出したところ、大きさが常識の範囲内に収りませんでした。
行田:
EF16-35mm F2.8L III USM(2016年発売)でもIS搭載を検討しましたが、レンズ枚数が増えるためそれらを動かすメカも大きくなり、重量もアップ。価格まで高くなってしまうため実現しませんでした。
畠田:
今回、RFレンズでIS搭載を実現できた理由の一つは、ミラーレスカメラによって実現したショートバックフォーカス(レンズ最後端から撮像面までの距離が短いこと)です。
ショートバックフォーカスによってレンズ径を小さくする設計が可能になり、レンズの枚数を減らすことが可能になりました。結果的にこのサイズにレイアウトできました。さらに軽量化とAFの高速化も実現しています。
中西:
RF15-35mm F2.8 L IS USM と RF24-70mm F2.8 L IS USMの2本は、実際にかなり撮影して使い込んでいるのですが、EFレンズとは別物になっている気がします。
ISがあると手持ちで撮れる幅が広がります。三脚を使って撮る選択肢もあるし、ISに頼れば手持ちの選択肢も広がる。その両方が持てる。それがすごくうれしいことですね。
畠田:
私が設計でこだわったのは、ISが入るのは当然として、プラスαで何ができるのか。
フォーカスのタイプにこだわったということもあって、RF24-70mm F2.8 L IS USMではワイド側で最短撮影距離21cmを実現しました。それまでの標準ズームレンズはほぼ横並びで最短撮影距離が38cmだったので従来に比べてかなり寄れます。
初めて製品ができて触ってみたときに、非常にバランスが良いレンズができたなと実感しました。お使いいただければきっと良さがわかるレンズだと思いますね。
中西:
ぜひハンズオンの機会をたくさん作れるといいですね。
撮影時のグリップ性とバランスの向上。どのように?
中西:
RFレンズは、マウント部分が細くくびれたデザインが特徴ですね。ここに段差があることで、つかみやすくて、持ちやすい。
スポーツの撮影ではとっさに、2台、3台ぶら下げている1台をつかんで撮影する。瞬時に構えてしっくりくるバランスがあるんですよ。RFレンズはグリップ性が優れ、かなり持ちやすいと感じました。
増喜:
「持ちやすさ」にはかなりこだわって開発しました。
デザイン担当者とも会話をして、持ちやすい形状を考えていました。レンズ全体をコンパクトにしながら、くびれを作るデザインを追求しました。
ズームリングの位置をどこにするか。3Dプリンターで試作品を作って検討し、レンズごとに最適なズームリングの位置を追求しました。
中西:
小型化を追求しながら、結果的にグリップ性も高まったということですね。
あと感じたのはズームリングの回しやすさ。スポーツ撮影ではズームリングを頻繁に使うので、定期的にサービスセンターで調整してもらっていました。
長期の海外取材では機材のトラブルが怖い。それだけにズームリングだけでなくレンズの堅牢性は気になっています。RFレンズではレンズの強度をどのように高めていますか?
増喜:
標準ズーム RF24-70mm F2.8 L IS USMでは、以前よりも外装部品同士の空間を詰めた高密度設定とすることで強度アップを図っています。目には見えない部分ですが、レンズの強度だけでなくズームリングなどの操作の安定感にもつながっているはずです。
中西:
ISを搭載、光学性能も高い。さらに堅牢性、操作性も高まったわけですね。
ミラーレスの EOS R や EOS RP は、一眼レフカメラに比べると小型です。ボディとレンズのバランスはどうなのかなと思っていましたが、実際に使ってみるとバランスがよくてストレスを感じません。
畠田:
それは重心位置によるものだと思います。設計者としては申し訳ないのですが、RF24-70mm F2.8 L IS USM は、EF24-70mm F2.8L II USM に比べると100グラム近く重くなっています。ただ、レンズの先端に近い部分の重さについては、EFレンズに比べて、1割ほど軽くなっています。
結果的に、レンズの重心をカメラ側に寄せることができました。これがボディとレンズの一体感につながっているのではないかと思います。
中西:
重くなったという感覚は、まったくありませんでしたね。
畠田:
レンズ重量としては重くなっているのですが、重心のバランスも相まって、そう感じていただけたのかなと思います。
増喜:
メカ設計においても、各部のメカ部材の軽量化のために材質から検討を行いました。軽量と感じられたのはそのためもあると思います。
中西:
じっくり考えて撮るよりも、直感的にカメラを構えて撮ることが多いので、手に持った感触をすごく大事にしています。操作感や素材にも不安を感じることがありませんでした。
単焦点レンズに迫る描写のズームレンズ。開発の裏側とは?
中西:
キヤノンのレンズ開発の歴史からいうと、マウントを変えるのは2回目になりますか。FDレンズからEFレンズへ。EFレンズからRFレンズになった今回。
マウント変更はユーザーにしてみたら大事件(笑)。開発者としても試練ではないでしょうか?
畠田:
やはりEFからRFへのマウント変更はかなり大きな決断です。その意思表明というか、「RFマウントだからこういうことができる」というメッセージを製品に込めなくてはなりません。
山中:
確かに新マウントへの変更は簡単なことではありません。私が入社する前からの長い歴史を持つEFマウントですのでなおさらです。
ただ、EF-Mマウントを開発したときに、キヤノンのレンズの設計思想を生かすことができたと手ごたえを得ていましたので、RFレンズでもできるはずという気持ちで挑みました。
中西:
たとえば RF24-70mm F2.8 L IS USM を使ったとき、その場の「空気感」まで写る印象を感じました。被写体の体温、生っぽさ、微妙な色の差、雨が上がった後の湿度などを写真に閉じ込められるような。レンズの性能として数値化はできないとは思うのですが。
ズームレンズなのに、本当にいい単焦点レンズを見ているような感じなんです。
畠田:
光学設計担当としてうれしいご意見ですね。
写りの改善については、2つの理由が挙げられます。1つは、レンズの構成枚数を減らせるようになったこと。もう1つは、ズームレンズで起きやすい収差を抑えたこと。収差のエッジが際立たない設計を心掛けました。
この2つが掛け合わさって、単焦点レンズの写りに迫るズームレンズを開発できたと思っています。
中西:
実感として「ズームレンズなのに自然なボケ味がある。まるで単焦点レンズのような階調と描写」というのが正直な感想だったので、いまそれが証明されました(笑)。
畠田:
ズームレンズと単焦点レンズの写りの違いは、以前から克服したい課題だったんですよ。これから発売されるズームレンズについても、同じ思想で設計していますので、同等の写りを楽しんでいただけるはずです。
中西:
RFレンズになって、今後も描写性や機能について新たな発見や革新が進んでいくのでしょうか?
畠田:
まだまだ試行錯誤は続くとは思います。設計の自由度が上がったとよく言われますが、設計がラクになったわけではありません(笑)。
以前は制約があるなか限られた選択肢しかなかったのですが、これからは設計の自由度が上がり選択肢も増え、お客さまの期待値も上がるでしょう。それに応えていかなくてはならないと気を引き締めています。
広角側16mmから15mmへの変更。その理由とは?
中西:
RF15-35mm F2.8 L IS USMから、ワイド側が15mmになりましたね。EF16-35mm F2.8L II USM に比べると1mmワイドに。この1mmの変化に、開発者としてはかなりこだわられたのでは?
加藤:
はい。そこはかなり(笑)。
広角ズームレンズはワイド端になるほど色収差が目立ちます。それを直すためには、なるべく撮像面に近いところに質の高いガラスや非球面レンズを入れる必要がある。RFレンズでは優れたレンズを撮像素子に近いところに配置できるので、色収差を抑えることができました。
光学設計のチームがかなり頑張ってくれて、ISを搭載してもこの大きさに収められました。
行田:
実は計画段階では、テレ側を短縮してワイド側を15mmよりさらに広角化するという話がありました。
他社のレンズでもそういったものがありますよね。そういうコンセプトもあるにはあったのですが、過去のレンズの撮影頻度のデータなどを見てみると、一番多いのはワイド端16mmなのですが、テレ端35mmも意外に多く使われていることがわかりました。ですからテレ端30mmにするわけにもいかない。その結果、現在の15-35mmとなりました。
注目のRF70-200mm F2.8 L IS USM。高まる期待に開発者は……?
中西:
すでに発表され話題となっている RF70-200mm F2.8 L IS USM についてうかがいます(取材時は未発売)。
頻繁に使うレンズなので注目度も高いわけですが、現行の EF70-200mm F2.8L IS III USM に比べてかなり小型化されていますね?
本間:
小さくするために光学設計も、メカ設計もたいへんな思いをしました(笑)。電気設計に関しても数々の課題をクリアし、いろんな新しいチャレンジをしました。
小型化により何らかの性能が落ちたなどと評価されたくありません。現行機種と同等以上の性能を出すのは開発者の意地です。
中西:
F2.8のラインアップでそろえる3本の最後の1本が、RF70-200mm F2.8 L IS USM です。期待値は相当上がりますね。
本間:
このレンズの重要性については、いろんな方からおっしゃっていただいています(笑)。
開発には非常に苦労しましたが、最終的には小型で高性能なレンズができた。そう自信を持って言えるような結果が得られているので、ぜひ期待していただきたいですね。
高速かつ正確なAFを実現した「ナノUSM」の実力とは?
中西:
「F2.8 L ISシリーズ」のラインアップには、ナノUSMが搭載されていますね。AFの快速性についてもかなり力を入れている?
中上:
そうですね。静かで速くて、正確に。そんなAFを目指してナノUSMを採用しています。
なかなか感じ取ってもらいにくいと思うので、ここで主張したいのですが(笑)、RFレンズではエレクトロニクスの技術により、絞りの制御を一新しています。
絞りにはガタつきが発生しがちで、「カメラからここに行け」と命令が来たときにわずかなズレが生じます。それを電気的に制御してあげることで、RFレンズでは絞りの停止精度を上げてぴったり合うようにした。
動画撮影時に威力を発揮するのですが、8分の1段ずつきれいに露出が変わる。なめらかに静かな動作を実現しています。
中西:
キヤノンのAFは初動の速さが優秀だと感じてずっと使っているのですが、ナノUSMになると初動の速さも違うものなのですか?
山中:
やはり違いますね。かなり工夫しています。
以前からあるリングUSMは重たいものを動かすことが得意なのですが、初動は速いとはいえません。ナノUSMはAFの動き出しの速さ、クイックネスに特徴があります。
中西:
スポーツシーンの中でも屋内スポーツ、バスケットボールを至近距離で撮るときなどは、初動のわずかな遅れで撮り逃してしまうことがあるんです。AFの反応が速いのはうれしいですね。
畠田:
ナノUSMの採用は、レンズの軽量化の恩恵でもあります。フォーカスレンズが以前の10分の1ぐらいにまで軽量化している。これはAFスピードに影響します。
RF50mm F1.2 L USM、RF85mm F1.2 L USMなどの大口径レンズは、レンズの塊が巨大ですので、それを動かすためにはリングUSMが必要ですね。適材適所で使い分けています。
ISやナノUSM など、RFレンズのさまざまな機能が簡単に入っているわけではなく、光学設計とメカ設計との0.1mm単位のせめぎ合いをクリアして、この大きさに収めて完成させています。
新しいものを開発するために必要なのは、このようなギリギリとも言える絶妙なバランス取りだと考えます。
中西:
レンズ開発により軽量化を実現され、それがナノUSMの採用につながり、素早いAFを実現している。皆さんのチームワークと連携で、いろんな要素が全部つながって1本のレンズができているのですね。
RFレンズの時代を見据えて。開発者の思い。
中西:
これからどんな思いでRFレンズの開発にあたられるのか、その思いを聞かせてください。
中上:
RFレンズは根本から新しい発想で設計できる。進化の速度も今までよりスピードアップしていくでしょう。そこに向かって設計していこうと思います。
本間:
RFシステムになって、新しい技術に挑戦していく気運が高まっています。EFレンズの時代には不可能だ、困難だとされてきたことでも、新システムでは検討してみる価値があるのではないかと。
技術者として前向きに取り組んで、いい意味でユーザーの皆さんを驚かせたいですね。
増喜:
新しいことにどんどんチャレンジしているので、お客さまの反応をぜひ感じたいですね。
ほめていただければ我々もうれしいですし、ご要望があれば真摯に受け止めて改善していきたいです。
加藤:
レンズ開発は光学設計が重要だと思うんですよ。ですから光学設計チームには、もっとわがままになってほしい(笑)。
それを我々メカ担当が受けとめて、どう実現していくか。新しい技術で応えていく。そこで相乗効果が生まれるはずです。
山中:
電気回路の担当としては、お客さまに電気の存在を感じさせないことが究極の目的だと思います。たとえばAFを動かすとき電気で動かしていますが、それを感じさせない。それがいいレンズの条件かなと。そんな開発を目指していきたいですね。
行田:
お客さまあっての設計者。「撮影してよかった」と思える写真を撮っていただきたい。お客さまの喜びのために開発に取り組みます。
畠田:
7年前に EF24-70mm F2.8L II USM の設計を担当した当時、「小さくて高性能なレンズができた」と自負していました。でも、7年の時のなかで「もっとこうできたのではないか」という思いがつのってきた。でも、EFレンズの仕様でできることにも限界もありました。
RFレンズが誕生し、EFレンズの技術的な限界を超えていくことができる。レンズもカメラもつねに進化していくでしょう。
今回の「F2.8 L ISシリーズ」の3本も、非常にバランスの良いレンズに仕上がりました。ぜひお使いいただき実感していただきたい。それが開発者としての思いです。
中西:
今日はたいへん参考になるお話をうかがえました。ありがとうございます。今後のRFレンズへの期待がさらに高まりました。
取材が終わって……中西祐介はこう思った。
普段何気なく使っていたレンズですが、開発者の方の想いが詰まっていることを知ってより一層レンズに愛着がわいてきました。FDレンズから続くレンズ開発のDNAはしっかりと受け継がれているようです。
EFレンズの良さをそのままにRFレンズでなければ描けない世界があることは撮影時から感じていましたが、開発時のお話をお聞きしてそれを実感しています。RFレンズはまだスタートしたばかり。これからどんなラインアップになっていくのか、大いに期待できますね。
今日の感想を一言で言うなら、こういうことだと思います。